第3話 工場
無事食事を終え、俺たちは目的のサイジ工場へと着いた。
大きな四角い建物での前で、
「見学コースはこちらになります。5分後の出発となりますのでお早めに、こちらへお集まりくださーい」
と、キレイ系のお姉さんが旗を振っている。
「……なんで鍛治屋にガイドのお姉さんがいるんすか?」
「俺に聞くな」
なんだか嫌な予感しかしないが、すんなり見学できるんならそれに乗らない手はない。20人ほど集まっている集団の中に入ることにした。
お姉さんは時間になると、旗を振りながら工場の中へと入って行く。創業何年だとか、工場長の生い立ちだとかをツラツラ話しながら、ガラス張りのところで足を止めた。
「こちらをご覧ください。なんと!あの
お姉さんが声高々に紹介する方を見ると
ウィーン ガッシャン
ギィ― ガツン ガツン
という機械音。
中で刃物を作っているのは機械であった。
あまり機械文明ではない俺たちからすれば、馴染みのない物だし、こんなに大がかりの物も見たことがないので、興奮しないでもない。
けれど……
「違うっす!オレの求めていたのはこんなんじゃないっす!!」
うん。俺もお前の仕事は詳しくないけど、これが思い描いていたのと違うってことくらいはわかる。
俺は涙目のタカノの肩を叩いて同情する。
「すみません、あなた方も観光ですか?ここのこと知ってました?」
俺は隣にいた初老夫婦に声をかけてみた。この刀流街とは少し違うデザインの服装だが、いいものを身に着けている(っぽい)。元お偉いさんで孫には甘いタイプ……な気がする。
「ん?そりゃあ話題になったからなぁ」
「話題って言っても、せいぜい隣街くらいまでじゃないかしら。あなたたちは知らなずに来たの?」
「恥ずかしながら古い情報しか知らず、手作業でやっているものとばかり思っていたから……弟が見るのをすごく楽しみにしていたので、残念です」
俺は悲しげにちらりとタカノの方を見る。タカノはいい感じにうなだれたまんまだ。あいつに演技は無理だから素で助かる。
「あらぁ、それはかわいそうに」
「ちょっと聞いてみようか」
おじさんはガイドのお姉さんに「ちょっといいかい?」と声をかけた。
お姉さんはにこやかに「どうぞ」と振り向く。
「手作業の方を見たくて観光にきた子がいるんだが、そういうとこはないのかい?」
「ありますよ。むしろ、ここが唯一であって、他には真似できません」
お姉さんは誇らしげに答える。いや、そーいうのを聞きたいんじゃなくて。
「じゃあ、見学できる工房があればこの子たちに教えて欲しいのだけれど」
おじさんとおばさんすごいな。めっちゃ代弁してくれるじゃん。
でも、お姉さんの顔が引きつってきたし、引き際かな。
「そういったことは、ツアーの最後でよろしいでしょうか?」
俺は「はーい」と、すんなり引き下がった。二人にもお礼を言う。お世話好きなおじさん、おばさん、ありがとう。
お姉さんは再び爽やかな笑顔で設備の説明を始めた。
「コウ兄、やけにあっさり引き下がったっすね」
タカノが小声で口を尖らせている。
「あのツアーガイドじゃあ、タカノが求めてる鍛冶屋は紹介できないだろ。それより、もっとお偉いさんを引っ張り出して、そいつに紹介してもらう」
俺はニヤリと笑う。
「うわ、悪い顔っす。でも、どうやって?」
「俺が昼、少ししか食わなかったこと覚えてるか?」
「覚えてるっすよ。たくさん食べないと不運がまた起こりそうだなぁって……まさか!?」
「こんなに凶器がたくさんある中で、不運が起きないわけねぇだろ」
そう言って、俺は他のツアー客と距離をとった。すると、先ほどまで正常に動いていた機械の一部が俺に向かって飛んできた。
驚くほど計算通りだな。
ガッシャーン!!!
ぶつかるのに合わせて、俺は自ら背後の壁に当たりに行った。
特殊ガラスで、割れたのは1部分だけであったが、そこをアームが貫いていた。
おぅ……これ割れんの?ちょっとビビった。
「コウ兄!!」
壁際に座り込んでいる俺を見て、タカノが慌てて駆け寄ってきた。ガイドのお姉さんは、どうしていいのかオロオロしている。
「あぁあの、大丈夫ですか?!お怪我は――」
「あー……びっくりした拍子に背中打ったっぽいです。でも、まぁ動けるんで」
俺は肩を少し不器用に回して見せる。それから、「とりあえず客を外に誘導して、オーナー呼んだ方がいいんじゃないですか?」と提案した。
お姉さんは慌てて、騒然としている客を誘導し始めた。ここまで大事になると、ちょっと気が引けるな。目立っちゃったし。でもまぁ、なっちゃったものはしょうがない。
「これで有利に交渉できそうだな。あ、破片に気をつけろよ。俺らが血を流すとまずいからな」
俺は散らばっている破片を避けながら立ち上がる。と、タカノの震えた声が降ってきた。
「自分を犠牲にしすぎっす!もっと大きな怪我したらどうするつもりだったんすか!!」
泣きそうな顔。俺の反射神経なら全然平気だったんだけど、ちょっと勝手にやり過ぎたか。
俺はタカノの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「ばーか。こんなん余裕で避けれるわ。4ヶ条目の『こちらの存在をその世界の記録に残してはならない』ってのは、俺らの血とかも含まれてるからな。血ってのは厄介なんだ。この世界にない血液型だったり、場合によっては色すら違う。大怪我して病院行くなんて論外だ。交渉の為に、わざと背中を打ったようにしただけだから心配すんな」
俺はこれ以上心配をかけないように、昼の残りの握り飯を頬張った。
◇◇◇
「大変申し訳ありませんでした。今医者を呼んでいますので……」
細身の男が、しきりに頭を下げる。
スーツの袖からチラッと見える包帯が気になった。さっきのじゃないよな?この人はいなかったはずだし、見る限りあそこで負傷した人はいなそうだったし。
オーナーのサイゾウと名乗ったその男は、客に謝った後、工場を閉めた。そして、すぐ隣にある事務所に俺達は通されていた。
「いやいや、驚いた拍子に軽くぶつけただけで、医者に診てもらうほどではありません。ところで、この工場はすごいですね。機械化するなんて」
「ありがとうございます。私の父が機械街の人たちと設計しまして、なんとか立ち上げることができました」
親子でか。
こういうのはたいてい親が巨匠でそれに反発した子どもが、とかだと思ったんだけど、当てが外れたか?
「周りの巨匠たちに怒られませんでしたか?」
「そりゃあもう!特に祖父は大激怒で、勘当ですよ」
お、キタキタ。
「そうですかー。苦労されたんですね。ところでそのおじいさんは腕の立つ職人さんで?」
「身内贔屓と思われるかもしれませんが、この国1番の鍛冶職人だと思っていますよ」
よっしゃ当たり!
「それは是非ともお会いしたいですね。実はこいつ、ここから遠い街の鍛治職人でして。今回は本場に勉強しに来たんです。紹介をお願いしても?」
丁寧に、笑顔を忘れず、低姿勢で。
「え、えぇと……私は勘当されてまして」
サイゾウはハンカチを取り出して額の冷や汗を拭う。
「紹介、してもらえますよね?」
そっと、怪我をした背中に手をやる。ただし、笑顔は崩さずに。
「わ、わかりました」
俺の全力の笑顔でサイゾウは快く引き受けてくれたのだった。
(ガックリとうなだれているが気にしない。)
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