第2話 異世界到着

 暗く深い森の中、宙に黒い穴が開く。俺はその穴からそっと覗いて、周囲に誰もいないことを確認した。


「無事到着っすか?」


 タカノがキョロキョロと辺りを見渡す。


「とりあえず、1ヶ条目の『移動の瞬間を見られてはならない』はクリアかな」


 そう一息つこうとした瞬間、ゾワっと嫌な予感がした。「やったぁ」と騒ぎだしそうなタカノに人差し指を立てて制す。

 耳を済ますと、カンカンカンと、何かがぶつかりながら近づいてくる音がする。しかも、かなりのスピードだ。

 俺は咄嗟にタカノの頭をつかんで身をかがめた。


 とすっ

 何かが音と共に尻もちをついたタカノの足元に刺さった。


「ななななんすかコレ!?」


「スコップだな」と、俺は答える。

 っつーか、マジかよ、おい。


「早速、不運の始まりか。いつもより仕事が早いな」


 俺は苦笑いを浮かべた。


 別の世界からやって来た俺達は、この世界の理から外れる存在の為、排除しようとする力が働く。神様だとか創造主だとか言う存在だったり、真理とか言うのだったり世界によってそれぞれだが、自分が創ったモノ以外は入ってくんなーってことらしい。

 その為、このように、が重なって命が狙われることが多々ある。霞の里の者はコレを『不運』と呼んでいた。


「不運……ってコレが噂の!?」


「あぁ。こんなのがしばらく続くから覚悟しとけ。5ヶ条目に『排除されないよう十分に気をつけること』ってあるくらい危険ってことだ」


タカノによく注意していると


「おぉい、大丈夫だったか?」

と、茂みの奥から慌てた様子で恰幅のいい中年の男が出てきた。


「大丈夫ですよ。怪我1つしてません」


 俺はへたり込んでいたタカノを立たせ、できる限りさわやかな笑顔で答える。

 何事も第一印象が肝心だ。


「悪いな、手が滑っちまってよ。ん?あんたら、採掘にきたんじゃなさそうだが、こんな場所で何してたんだい?」


 おじさんは俺たちの格好を見て訝しむ。

 おじさんの格好はいわゆる作業着。対して俺は黒のハイネックにカーキのズボン。体のラインを隠すように、黒い大き目のコートを重ねて、更に手袋をしている。できる限り肌を出さず、指紋も残さないようにするためだ。タカノも似たような服装である。

 異世界での基本はおしゃれすぎず、ダサすぎず、それでいて全身をほどよく隠せる恰好だ。

 しかし、街に溶け込める恰好は、森の中ではかなり違和感。さて、どう切り抜けるか……


「俺たち、この先の街に向かう途中で迷ってしまったようなんです。すみませんが、道を教えてもらえますか?地図を失くしてから歩き詰めで……」


 ここでいい感じにタカノのお腹がぐぅぅとなった。

 ナイスだタカノ。


「はっはっは。簡単なのでよければ地図描いてやるよ。ついでに食事処もな!」


 そう言って、作業場まで歩き出すおじさんの後に続く。


「帰り用に新しい地図も欲しいんで、本屋の位置も描いてもらえると助かります」


「あっちの街から刀流街とうりゅうがいまでは分かれ道が多いもんなぁ」と、勝手に納得してくれている。


 この世界は街同士の行き来が盛んというシュウの情報に感謝だな。おじさんは置いてあるリュックから紙とペンを取り出すと、怪しむ様子は一切見せずに描き始めた。


 待っている間、タカノはおじさんが採掘した石を眺めている。やはり石などの鉱物が気になるらしい。


「いい石っすね。里にはない石っす」


 タカノが目を輝かせながら小声で言う。


「そうか。だが、持って帰るなよ」


「わかってますよ。2ヶ条目っすよね」


 タカノは口を尖らせた。

 2ヶ条目は『その世界の物を持ってきてはならない』だ。


「ほら、この道をまっすぐ行けばすぐにわかる。食事処は本屋から近い、安くてうまいところを描いといたぞ」


「助かりました。ありがとうございます」


 俺達はおじさんに礼を行って、早速目的地へと向かった。


「それにしても、コウ兄の外面すごかったっすね。あんなに簡単に情報をもらうなんてさすがっす」


タカノは心底感心したように言う。褒めたいなら外面言うな。タカノは純粋で、熱くていい奴だがどっか抜けてると思う。


「『愛想良く丁寧に』が一番印象を薄くするのに必要なんだよ。お前もキャラの1つや2つ持っとけ」


 最初はこの好青年バージョンを里の奴らに見せるのが恥ずかしかったが、仕事なのだからしょうがない。羞恥心より仕事の成功だ。


「そういや、何で一番重要なことを聞かなかったんすか?一番有名な鍛冶職人を聞いたら手っ取り早い――うわっ!」


 首をかしげるタカノの顔面に飛んできた小石をパシッと受け止める。できれば自分でよけて欲しいんだけど。


「俺達がいる世界が本当に目的のとこかわかんねぇだろ。失敗は無いだろうが、万が一ってこともあるから、下手なことを言って怪しまれるのは避けたい。だから、本屋でこの世界の事を調べるんだよ。3ヶ条目の『こちらの世界の存在を教えてはならない』には、異世界が存在するかもっていう疑問すら持たせたらいけないんだよ」


 ま、今回はおじさんが『刀流街』って言ってくれたから、目的の異世界であることは早々にわかったんだけど、一応な。


 そんな話をしているうちに、街が見えてきた。俺たちと似たようなデザインのコートを羽織っている人が結構いる。これなら紛れるのも簡単そうだ。さすがうちの服飾人。シュウからの情報だけでこんなにそっくりの服が作れるんだから大したもんだ。性格はキツイけど。


◇◇◇


 おじさんからの地図を頼りに最初の目的地、本屋に着いた。


『これで完璧!包丁の研ぎ方』

『ハサミを選ぶならどっち!?○○屋vs●●工房』


 さすが刃物の有名な街。見事にそれ系の本がたくさん並んでいる。

 その中で、『今一番注目の鍛治工場』と書かれた見出しの雑誌を手に取った。


「見出しの鍛治屋は……コレだな」


パラパラとページを捲り、タカノに見せる。


「『サイジ工場――1代で築き上げ、急成長を続けている。彼は鍛治職人の世界に革命を起こした』……革命っすか。気になるっす」


「ならとりあえず、ここ行ってみるか。ただ、飯を食ってからな」


「そういや、ペコペコだったの忘れてたっす」


 タカノがお腹をさする。


「早いとこ食っておかねぇと、お前そろそろ5ヶ条目破ることになりそうで気が気じゃないしな」


「あ、ここの食べ物を口にすれば、不運が和らぐんでしたね!」


 タカノはそのことを思い出したのか、ホッとした表情を見せた。

 既にタカノの服は、道中不運の嵐に見舞われ、あちこち擦り切れていた。まったく、厚手の服を着せておいて正解だった。危機察知テスト、合格ラインすれすれだったもんなぁ。


 おじさんおすすめの食事処に入ると、タカノは早速店員が持ってきた水をかぶるという不運に襲われる。


「オレ、こんなに食事が待ち遠しいの初めてっす……」


 タオルで頭を拭きながら、タカノは涙目で呟いた。そうだろうな。と、ちょっと同情。

 ありがたいことに、注文したピラフと握り飯が早めにきてくれた。タカノは意気揚々とピラフを頬張る。


「!!!!」


 1口食べたタカノの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「か、からっ、な、これ、ってか、からっ!!」


 叫ぶタカノに、俺は急いで水を渡す。そして、スプーンでピラフをかき分け、中の食材を見た。


「うわ、真っ赤なのある。たぶん激辛系の食材だな」


「ももももうしわけありませんんんん!!」


 バンッと奥の扉が開いて、料理長が慌ててやって来た。

 どうやら食材を取り違えてしまったらしい。しきりに謝って代わりのピラフとデザートまで置いて行った。

 どんだけ不運に好かれてんだよ。食べ物にまで不運があったやつ初めて見たぞ。


 ようやく食事に入ると、それまで飛んできたナイフやフォークがぱたっと止んだ。


「本当に不運が止むんすね!!」


 タカノが興奮気味に言う。


「今は止んだが、消化したらまた始まるから気を抜くなよ」


 俺はそう言いながら、握り飯を一口頬張って残りを包んでリュックに入れた。


「あれ?もう食べないんすか?」


「あぁ。お前はしっかり食えよ」


「あ!そう言えば、金持ってないっす!」


 タカノが、しまった!と、立ち上がった。周りが一斉にこちらを見る。

 目立つことすんなよ、バカヤロー。


「俺が持ってるから落ち着け」


 頭をはたきたい衝動を抑えてできるだけ穏やかに言う。

 ただでさえさっきの激辛で目立ってんだ。これ以上印象に残るようなことはしないで欲しい。


「え、いつの間に?」


「ゲート姉妹に貰った。旅の時はいつもあいつらから軍資金を貰うんだよ」


 2人は空間の境目にいる為、この世界のお金を持つことができるらしい。


「あの2人ってどこで金稼ぐんすか?」


「金を稼ぐのはあいつらじゃない。シュウが、前もって次行くとこの下見をして、長のOKが出たら、バイトとかして稼ぐんだよ」


「え、シュウ兄が先に来てたんすか!?」


「お前、ここに来るまで散々シュウから、言語とかマナー習っただろうが。不思議に思わなかったのかよ」


 俺は呆れ顏でため息をついた。やっぱりタカノはどこか抜けている。

 でも、今更ながら思うが、知らない異世界に行って、言葉や常識を覚えながら金を稼ぐってあいつとんでもねぇことしてるな。

 帰ったらちょっとねぎらってやるか。

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