異世界ツアーは命がけ?

ノノ

第1章 鍛冶屋の世界

第1話 旅のはじまり

 俺は、これから向かう異世界のことについて、最終確認をしていた。


「言語は問題無し。マナーもある程度覚えた。何かに特化した文化ごとに街が成り立っており、それぞれ行き来は盛ん。だから、多少の知識不足は観光客の設定でいけるだろう。魔法系の不可思議パワーは無し。目的の街では機械系の発展が遅れていて、原始的な部分あり。金の使い方はこれで……」


 ここ3ヶ月間で頭に詰め込んだ情報を、ノートを見ながらチェックする。

 一緒に旅をする職人が勉強しやすいようにサポートし、問題を起こさないか監視する。そして一番大事なのが、怪我をさせない、死なせないこと。それが俺の仕事だ。抜けている情報があってはならない。


「ったく、こんな急じゃなきゃもっと準備できたのに。あいつ大丈夫か? 」


 俺は、今回同行する相方の顔を思い出し、ため息をついた。


 さて、ここでこの世界のことを説明しておこう。

 人口1000人ほどのこの小さな惑星には、ここ、かすみの里以外に人は住んでいない。あとは森や川、海と、山までの自然だけだ。

 人が少ない分、ここには様々な技術に秀でた職人たちがいる。しかし、この世界だけでは限界がある。だから、たまに視野を広げるため異世界へと足をのばすのだ。見つからないようにひっそりと。

 なぜ、ひっそりとかって?それは、異世界にとって俺たちが異質な存在だからだ。見つかると非常にめんどくさいことになる。


 話を戻そう。この急な話が舞い込んだのは3ヶ月前のことだ。

 俺はこの里を束ねるおさに呼ばれ、里で一番大きい屋敷を訪れていた。食堂や学校を兼ねるこの屋敷の3階の一室に長の部屋がある。


「コウ。急で悪いんだが、旅の仕事だ」


 立ち上がった長の銀色の長い髪が、フワリと揺れる。中世的な顔立ちで、美青年と言いたくなるが、長は女だ。歳は俺の1つ下で22歳。切れ長の目を細めると、女性らしさが出て思わず見惚れてしまう。だが、中身はとんだ食わせ者。

 現に今も、悪いと言いながらも悪びれた様子はちっとも無い。


「は……いつですか? 」


「3ヶ月後だ」


「はぁぁああ!? 」


 思わず声を荒げる。いや、だってマジで3ヶ月とか無理だし。


「いやいやいや、普通準備に半年以上かけるじゃないっすか! 何でそんな急なんですか? 」


「見つけた異世界と空間を繋げやすいのが、残り3ヶ月ほどらしい。まぁ、お前なら大丈夫だろ。問題はタカノだが」


 俺なら大丈夫、か。認められているのがちょっと嬉しい。

 って、あれ? タカノ?

 タカノは包丁や刀などを作る、いわゆる鍛冶屋として働いている。19歳でまだ若いが、幼いころから両親に叩き込まれたおかげで腕は申し分ない。

 しかし……


「確かタカノは追試組のはずですよね? 」


異世界へ行くには、暗記力テスト、言語力テスト、武術テストなどいくつかのテストを全てクリアしなければならない。

あいつは、最後の危機察知テストで不合格だったはず。


「そこは3ヶ月あれば合格できるだろう。後は、異世界の情報を3ヶ月でどこまで詰め込めるかなんだが――とりあえず資料を見てくれ」


 長の言葉で、隣に座っていたシュウが、プリントの束を渡す。

 10cm……束の厚みを見て俺はちょっとホッとする。2言語必要な世界や、文化が複雑な世界に行った時は、この倍以上の厚さはあった。


「シュウ、どんな感じだった? 」


 シュウは俺と同い年で、長の補佐で異世界ツアーサポートという同じ職業。ただし、こいつは俺と職人が行く異世界の下見と下準備、それに、デスクワーク系が主な仕事。対して俺は、旅の同行と外回り系が主な仕事だ。


「言語はここと似ているから習得に時間がかからない。多少変でも他街からの旅行者で何とかなる。タカノには最低限のマナーと言語を集中的に教える」


 シュウは、定型文を読み上げるように言った。抑揚がなく、ロボットのようだ。

 うん、まぁそこが一番知りたい情報でもあるんだけどさ。もっと、こんな雰囲気の世界で、周りの人はこんな感じだったよーとかあるじゃん。


 無口で堅物、無愛想。でもイケメン。なのでモテる。どちらかと言うと、付き合いたいとかでは無く、遠くから眺めてキャーキャー言われるタイプ。本人はそれに対しても無関心だが。

 ちなみに俺は、友達曰く「顔はいいのに口が悪い」だそうで、全然モテない。シュウだって俺にはよく悪態つくのに。全くもって納得できん。


「シュウ、お前の報告じゃコウは物足りないようだぞ。コウの思考がどんどん他所に行っている」


 長が口元を扇子で覆いながら、楽しそうに笑う。勝手に俺の心を読まないでほしいんだけど。


「報告は十分ですよ! それにしても、鍛冶屋の世界は危険が多いし、修得にも時間がかかる。その上職人気質で2週間じゃ習わせてくれない人が多いだろうからって、しばらく保留にするつもりだったじゃないですか。いつ心変わりしたんです? 」


 異世界では、俺達が過ごせる限度がある。それが2週間。その短期間だけ弟子入りしようってんだから、よっぽど腕のいい職人じゃないと異世界へは行けない。

 タカノも確かに腕はいい。でも鍛冶屋だぞ?無理じゃね?


「タカノの熱意に打たれたのと、いい訪問先を見つけたからだよ。弟子入りできなくても、違うやり方や色んな形状を見て帰るだけでも十分収穫になるだろう」


俺は長の目が、ふ、と一瞬逸れたのを見逃さなかった。そして、2ヶ月ほど前、タカノがあることを嘆いていたのを思い出した。


「……もしかして、以前タカノが楽しみにしていた特製ジャンボプリン、間違って食った負い目、とかじゃないですよね?」


「……」


「……」


「じゃあ、明日から頼んだよ」


「あ、逃げんな!!そんなプリンごときで命懸けの旅の準備を短縮された俺の身にもなれ!!!!」


 怒鳴ったものの、長はとっくに扉の向こう。普段は優雅に動くくせに、こういうときばっかり素早い。


「どうせ長の言うことには逆らえないんだから、素直に引き受ければ?」


 シュウが俺の肩にポン、と手を置く。


「ちくしょー」


 これが惚れた弱みってやつか。


◇◇◇


 それから3ヶ月、必死に情報を頭に詰め込んだ。そう、文字通り死に物狂いで。よくやったと褒めてやりたい。

 そして、今日。ついにその日がきた。


 俺とタカノは屋敷の3階に向かう。階段を上るタカノの両手両足が同時に出ているが、まぁ、上りきるまでにはなんとかなるだろ。


 長の部屋の奥には異世界につながる特殊な空間がある。その空間を作っているのが、霞の里と異世界をつなげる特殊能力をもつイリヤとハイリという双子の姉妹だ。通称ゲート姉妹。その2人が白いロープで囲われた長方形の中に、向かい合って座っている。その真ん中には両手でかかえるほどの水晶玉。その水晶玉でいろいろな異世界を覗き見ているらしい。

 8歳くらいの可愛らしい見た目だが、空間の狭間にいるせいか、その力のせいかわからないが、実際は俺より年上だ。本人曰く、30を過ぎたところで数えるのをやめたらしい。


「よぅ」

「やっほー」


 イリヤとハイリが手をあげる。俺も「おぅ」とこたえた。2人は基本ここから出ることができない。その分といってはなんだが、俺はなるべくここに足を運んで、里の様子を話すようにしていた。しかし、あまり面識のないタカノにとっては、緊張の対象らしい。さっきからいつ挨拶をすればいいのか、あわあわしている。


 タカノの脇を小突くと、シャキンと背を伸ばしてから「お願いしゃっす!!」と勢いよく頭を下げた。熱いなぁ。

 そのとき、長が入ってきた。


「準備は万端かな?」


「はははははい!」


 「は」が多い。テンパりすぎだろ。

 まったく、大丈夫か?


「ふふ、気合は十分だね。2人もOKかな?」


 長の言葉に、ゲート姉妹はすまし顔で「もちろん」と、うなずいた。

 それから俺と目を合わせ、お互い小さくうなずく。


「では、行って参ります」


 俺が頭を下げると、隣のタカノも慌てて頭を下げた。


「あぁ。抜かりなく頼む」


 長は、まず俺を見て言った。そして、タカノを見る。


「コウの言うことをよく聞いて、しっかり学んでおいで」


「はい!!」


 タカノは目を輝かせて力一杯返事をした。寝不足の赤い目もキラキラして見える。


「くれぐれも、旅の5ヶ条を破らないように。特に、今回の行き先は危険が多い。わかったな?」


「「はい!!」」


 2人の声が重なった。



◆旅の5ヶ条◆


1.移動の瞬間を見られてはならない


2.その世界の物を持ってきてはならない


3.こちらの世界の存在を教えてはならない


4.こちらの存在をその世界の記録に残してはならない


5.排除されないよう十分に気をつけること

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