第24話 山越えの行《ぎょう》

「アミー、明日から2泊3日で山を越え、隣の今一市にある今一いまいち天安てんあん神社に行ってもらうことになる。宮司に会うのだ」


 イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくは、アミーこともう 惟秀これひでに出し抜けにそう伝えた。この呑舞どんまい神社の宮司ぐうじをやるように勧められた週の金曜日のことである。

 アミーは、週末の仕事を終えて丁度帰ってきたところであった。


「イクちゃん、明日って土曜日だけど、隣の市の神社まで行って何すんの? 宮司さんって今までここの宮司だった人かい?」


「その通りだ! 引き継ぎを行わねばならんのだ。水場みずばゴドフリーという人でな。元アメリカ人だ」


 イクちゃんが言うには、アミーが宮司を引き継ぐにあたり、会っておかねばならない人がいるとのことだった。

 水場みずばゴドフリー氏は、元はゴドフリー・ウォーターハウスという名前であったが、日本国籍を取得して名前を変えたらしい。


「それは分かるんだけど、今一いまいち天安てんあん神社ってさ、車で一時間かからないよね。毎年元旦に行くしさ。何で、2泊3日なわけ?」


 アミーとしては不思議な話なのだ。

 呑舞どんまい神社が、元旦ですら地元民から見向きもされないのは良いとしよう。

 その代わりに毎年行っている神社まで、往復で2泊3日というのはどう考えてもおかしい。アミーが言いたいのはそういうことだ。


「歩いて行くからに決まっておろう。市の境にある呑舞山どんまいさんを歩いて越えるのだ。山越えのぎょうをやってもらわねばな」


 イクちゃんの話では、アミーは何か特別なぎょうをやらねばならないということだった。


「それ、大変そうだな。あそこって野生生物の宝庫だし。呑舞大学の先生と会うと面倒だしさ。たまに黄色い粉とか投げてきて、人間かどうか確認してるだろ?」


 アミーとしては野生生物も、文明的人間でありながら変な人物も両方ダメだった。


「あそこの連中は神経質なのだ。粉の方は気にするな。私にも無害だ。沱稔だみのるさんは姿が見えてしまうらしいが、普通のペンキでも変わらんから」


 イクちゃんは又もや不穏な返事をアミーに返した。

 アミーとしては、それなら雨でもダメってことじゃないのか、と思ったが口には出さなかった。


 とにかくそういうわけで、アミーの週末は無情にも潰れることになった。

 出来ればこの土曜日に、女鹿田めかだ清子せいこ嬢をどこかに誘いたかったアミーなのだが、そういうことは呪いから解放された後に考えるべきだろう。






「本当にこの格好で行くの? 靴だけ何故か登山用のシューズだけど……」


 日が明けて翌日の土曜日のこと、アミーは白い狩衣かりぎぬに白くて細いはかまを履き、さらには黒い烏帽子えぼしに登山用のシューズという格好で出かけることになった。これが正装というヤツらしい。


「これで良いのだ。文句言うな! シューズが赤いのは万が一の為だ。遭難の危険があるのだ。標高550メートルだとしてもな」


 そう言うイクちゃんも、いつもの格好だった。白い狩衣に丸いキノコの様な帽子だ。袴と靴は要らないらしい。カワウソだし飛べるからとのことだった。


「俺、荷物は持たなくて良いのかな? 何も無いけど……カロリーバーと水ぐらいは持っておいた方が良くないかい?」 


 アミーとしてはムラムラと不安になってきた。

 ここは登山者は滅多にいない。噂では野生化した家出者が、勝手に住み着いて不明の神体と交流しているというのである。

 大学生などは時々戻って来て「俺、やっぱり里で生きます」とか言うらしいのだが、アミーはその辺のコミュニティーのこともさっぱり分からなかった。


「噂になっておるのは、自発的な保護活動という奴でな。ここにRPG村を作って、家出少年と家出少女を保護しておると聞いた。アレは野生化ではなくて、戦闘力がアップしたのだ」


 自治体は何をやっているのか、とアミーは思ったのだが、ここにはここの流儀があるのだろうと思いコメントを控えた。


 アミーにとっての不安と言えば、彼らは何を敵として設定しているのであろうか、ということなのだ。



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