第22話 マケレル

 株式会社マンマーTVの駐車場に、呑舞どんまい大サソリが襲来したその日の業後のこと。

 被害に合い、車を破損した社員たちからは歓声かんせいが上がった。社長自らが、レッカー移動の料金を支払うと発表した為だ。

 会社が拡大するという重大発表の後の事であるから、この自社の従業員に対する思いやりについては、当然ながら好意的にとらえられることになった。


「イクちゃん、良かった。これで神社までマサオを引いて行けるよ。社長も本当に太っ腹だなぁ。今までついてきて正解だ」


 アミーこともう 惟秀これひでは、イクちゃんから言わせると本当に気の毒な男だった。アミーの車の被害によって、得をしたのは五十山田いかいだ社長なのだ。

 イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくにとっては、差額分の埋め合わせを後日にやらせる口実こうじつに丁度良い事態でもある。五十山田いかいだ哲人てつひと氏は、この件に関して言い訳は出来ないだろう。彼はうまい話を受け入れた側の人間なのだ。


 その日の晩は10台のレッカー車が、マンマーTVと呑舞どんまいの街の間を2往復した。






 痛ましい事件のあった晩のこと。アミーこともう 惟秀これひでにとっては人生で3回目と呼ぶべき良いことが起きた。イクちゃんが約束を守り、今一いまいち自動車産業製の『マケレル初期型』をくれたのである。


「凄い……本当に『マケレル』だ。スリーターとしての安定感と、屋根のある優しさに無骨なフォルムがたまらないな……」


 アミーのトラックである『マサオ』は、すぐに修理されて元に戻ったのだが、これに乗って明日も出社することは無理がある。怪しすぎるのだ。

 そこでこの『マケレル』に乗って出社しようという事になった。

 呑舞どんまい神社には、普段から全く使用されない屋根付き駐車場がある。屋根が無い方も、参拝客が1人も来ないために使用されないのだがそれは置いておこう。スリーター『マケレル』のお披露目は、屋根付き駐車場の照明の下で行われた。


「これは初期型でも最後のロットなのだ。あの会社にしては、まともなデザインだったが売れなくてな。私がデザインを変更させた。あそこの株主なのだ」


 アミー的には気になる発言もあったが、目の前にあるUMAユーマのような車両に心を奪われてそれどころでもなかった。

 ちなみにプレゼントした方もUMAユーマの様な扱いなのだが、そこら辺もどうでもいいことだろう。


 『マケレル』は英語で魚のサバを意味する語が元になっている。

 『マカレル』という方がより正しいのであるが、マッケレルという表記もあり、カタカナの場合には結構適当なのが日本という国の特徴だろう。

 ただ外観の方はサバとは程遠い。ダークグリーンの車体は四角い屋根に前後を覆われている。風防ガラスは強化プラスチックで、溝の深い大きめのタイヤが特徴的だ。前輪は1つ、後輪は2つと基本は押さえてあるが、後輪の上には屋根に守られた荷台▪▪があり、得体の知れない執念が感じられた。


「ガソリンも入れてくれたんだな。あらためて、ありがとうと言わせてもらうよ。イクちゃん……」


 アミーとしては感無量という気分だろう。先程からマケレルをなで回していた。人目を気にしなければ、車体を舐めていた可能性まである。


「今は普通の状態ではないのだ。安全運転を心がけるのだぞ。頭が千切れても何とかするし、熱で蒸発した場合はバックアップから作り直すから、大丈夫だとは思うのだ」


 アミーとしては、今のはスリーターの話という事で良いんだよね、と聞きたかったが、何故かイクちゃんにそうすることは出来なかった。


 その日の夕食はいつものスコーンで、コーンスープと野菜ジュースが付くという、彼にとっては割と好きな内容だった。最後は手を合わせておがみながらチョコスコーンも食べてから、アミーは明日の出社に備えて早めに寝た。



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