第20話 沱稔《だみのる》

「アミー、ここにいたのか。大サソリがここに出たんだって? 怪我人が出なくて良かった? お前のマサオと、向こうにあるダイムラーの軍用装甲車は駄目だったけどな」


 会社の駐車場に大サソリが出没したのは、一応は大事件と呼んでもいい事ではある。


 アミーや他の社員を心配して、駐車場にやってきたのは、アミーが普段からお世話になっている大場原だいばばらガロモ燿司ようじ(身長192センチ)係長だった。アミーが病院に搬送される現場によくいる先輩である。

 余談ではあるが、大場原だいばばら氏のご先祖は東欧の出身らしく、ガロモという何とも言えない家名がついているのは、その関係であるとのことだ。


大場原だいばばら先輩、御心配をおかけしました。怪我は無いです。装甲車までヤられるなんて。あんなサソリが、どうやってここまで見つからないで来れるんだろう?」


 アミーこともう 惟秀これひでは今さらのように不思議に思った。

 あの呑舞どんまい大サソリは、肉で追い払えるだけでなく、相手が12歳以下の少年少女である場合に仲間になってくれたり「マンマイっちゃん封じた」というと山へ帰るという謎の性質を有している。

 アミーがこの地にやってきたのは15歳の頃である。そういった訳で、この土地の12歳以下のコミュニティーが、どういう理由でこれらの生物を仲間にし、今は何をやっているのか一切いっさいが謎に包まれていた。地域格差というヤツであるかもしれない。


「あいつらも普段は静かで大人しいんだけどな。俺が子供の頃は肉で釣ってさ、一緒にイノシシや中ボスと戦ったりしたもんだ。まぁ昔の話だ……それより車はどうするんだ?」


 大場原だいばばら係長は生まれた時からここの住人である。その為にここの12歳以下のコミュニティーに詳しいのだろう。アミーとしては聞き捨てならないことをぽろっとこぼしてくれた。

 彼の先輩が中ボスと呼ぶのは、呑舞山どんまいさんの頂上にあるほこらに封じられる沱稔だみのる様の事であるらしい。たまたまではあるが、彼は地元の小学生が沱稔だみのる様のことを『中ボス』と呼ぶのを知っていた。


「車の事は知り合いに相談してみます。それより仕事に戻らないと。ガソリンタンクは無事みたいですし、爆発する心配は無さそうで良かった」


 幸いにして、ハーフトラックであるマサオが爆発する心配は無さそうだった。これならイクちゃんが修理しても、何とか誤魔化せるだろうとアミーも思ったのである。


「こんな時に、こんな事を言うのも何だけどな。うちの会社、また大きくなるみたいなんだよ。反対側の隣の県にもケーブルテレビがあるだろ? 向こうから申し出があったらしいんだ。合併っていうか吸収だな」


 大場原だいばばら係長の口から出てきたのは、まさかの吸収合併の話で、マンマーTVがまたもや大きくなるとのことだった。前回の合併からは、まだ7ヶ月しか経っていないのだ。これはひょっとすると、例のスコーンが原因ではないだろうか、とアミーは思った。


 大場原だいばばら係長は先に社屋に戻った。社長や課長へ報告に行ってくれたのだろう。

 駐車場にまだ残っていたアミーは、先程からこの場にいるのに誰にも見つからない存在に声をかけた。土地神のイクちゃんだ。マンマーTVにとっては株主の1人でもある。


「イクちゃん、聞きたい事はたくさんあるんだけど、まず車は直りそうかい?」


「アミー、心配するな。車は直るだろう。いまいち自動車産業のマサオであったな。渋い車に乗っておるのだ。ほとんど売れんかった車種じゃぞ。ハーフトラックという種別について会社に抗議が来たそうだ」


 イクちゃんの頼もしい返事に、とにかくアミーは安心した。

 車の趣味が渋いことについては、彼自身が認める部分はあるようだ。だがアミーとしては、こういうのが未来を感じさせるのではないかとそう思っていた。

 それに田舎で暮らす場合には、普通乗用車より軽トラの方が、便利である場合もあることをアミーは知っているのだ。彼はまだ相棒を変えるつもりは無かった。



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