第19話 マサオの災難

 アミーが昼休憩を終えて仕事に戻ろうとしたその時のこと、マンマーTVの社員用駐車場ではある事件が起きていた。この街に特有の恐るべき生物が、よりにもよって無人の車両の群に襲撃をかけてきたのである。


「サソリだぁ! 呑舞どんまい大サソリが出たぞ! 誰か、生肉かベーコンを持ってきてくれ。塩抜きしてあるヤツだ。生ハムでも良いぞ!」


 駐車中の車両に対して襲撃をかけてきたのは、体長3メートルにもなろうかという巨大なサソリだった。槍の様な尾は頭胴長と同じく3メートルもあり、フレキシブルに動いては高張力鋼の外装を穴だらけにしている。

 余談ではあるが、これはもちろん獣害であって、車両保険の適用範囲外の事故である。対物賠償保険が適用されるかどうかは、契約している保険会社へ確認してほしいところなのだ。


 過去の陰陽師達がこれを見たら、彼らも少しはやり過ぎたと反省したかもしれない。

 元は式神であるこの生物は、生物学会に認知されて以来、昭和期から令和に至る45年の間に生物学の教授と学生を47人も葬ってきていた。


 地元の人間としては、滅多めった遭遇そうぐうしない生き物であるし、生肉や生ハム(塩抜きしてあると良い)を投げることで追い払える為、特に被害が出ていないという状況である。ベーコンでもいけた、というのは平成の半ば辺りからのことなのだ。


「大変だ。俺のマサオが危ない! 見に行かないと」


 アミーこともう 惟秀これひでは、購入して5年になる愛車の様子がどうしても気になった。


 マサオというのは、車種の名前でニックネームとかではない。今一いまいち自動車産業という会社が隣県にあるのだが、ハーフトラック『マサオ』はそこの商品だ。

 前半分は4座席のノーズの短い買い物車だが、後ろ半分はトランクではなく荷台▪▪という特異なシルエットのマサオに、アミーは一目惚れした。色がサンドブラウンな上に、艶消し塗装なのがさらに刺さったのだろう。


 大分値段が下がっていたそれを即決の即金で購入して以来、アミーは会社に来るのが本当に好きになった。彼にとっては幸運の車であって、その危機に際しては座視ざし出来ない相棒なのである。

 そんなわけで、アミーは駐車場に向かって階段をかけ降りたのであった。






「うぁぁぁめろぉぉぉ! マサオっ! 俺のマサオがぁぁぁ!」


 アミーにとっては真に不運なことであるのだが、呑舞どんまい大サソリが襲撃している車両は、アミーの相棒である今一いまいち自動車産業のハーフトラック『マサオ』であった。


「アミー、待つのだ。今から黒子さんが、秘蔵の生ハムを投げてくれる。車はお主を治すよりは簡単に修理出来る。ここは任せてほしいのだ」


 アミーの愛車『マサオ』の危機に駆けつけてくれたのは、最近になって彼と付き合いのある似非えせカワウソ妖怪であった。


 それからほどなくして、全身から黒子ですというオーラを身にまとった黒子さんが、塩抜きしたらしい生ハムを投げてくれた。それについては、アミーは本当にありがたいと思った。


「大サソリが、山に帰って行くぞ。助かったんだ! 俺のクーペがぁぁぁ!」


 現場は酷い状態ではあったが、ほとんどの車両については無傷で済んだらしい。同僚が乗るクーペも助かったようだ。


「イクちゃん、ありがとう。この状態の車って直せそうかい? 実はスコーンの具が右に寄ってたんだけど、これって関係はあるんだろうか」


 アミーはそれについては気にしていた。ファンタジー女子大生である清子せいこ嬢は、こういう効果のある食べ物を製作することが出来るのだ。


「アミーか。そう言えば清子せいこが来ていたのであったな。チョコクリーム入りについては、解析してみんことには分からんのだ。具が右寄りのスコーンが原因かもしれんが、デザートの方も注意せんとな」


 イクちゃんによれば、後からプレゼントされた方の効果も確認の必要があるとのことだった。

 き込まれた自分は仕方がない、とそう思うアミーなのだが、ここの住人はどうして危険な土地を捨てないのだろうと、そればかりは不思議に思うのだった。



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