第18話 副業は宮司《ぐうじ》



「まだ分からん。だがアミーも、あのもう末裔まつえいではあるのだ。もう 是鹿これしかの奴は嫁をもらったのであろう。陰陽師どもの子孫だからといって、アミーを今さら見捨てる訳にもいかんのだ」


 マンマーTVの社長室で、ソファーにふんぞり返ったまま、イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくはそう返した。


もう家って、そういう家系だんだ。俺は初めて聞いたよ。あん時の俺と代わってほしかったな。爆発に巻き込まれた時にさ、何で怪我もしてないのか言い訳が大変だった」


 今でこそ、ここの社長である五十山田いかいだ哲人てつひと氏であるが、若い頃はどうやら大変だったらしい。育毛剤や白髪染めと縁が切れなくなった頭に手をやり、ワイシャツの胸をボリボリやりながらイクちゃんに愚痴ぐちった。


「お主の家の土地だったであろうが。あんな場所に地雷を埋めるぐらいには、戦時中の日本陸軍はまともではなかった。うちの神社にまで、陸上標的用の六号爆弾を食らわせに来よったのだ」


 イクちゃんはイクちゃんで、より昔にはどうやら大変であったらしい。やれやれという雰囲気が全身から出ていた。


「俺さ、マニアの友達が居るんだよ。そいつの話だと、行方不明事件になってるそうじゃないか。乗組員は全員が帰って来て、爆撃機と戦車の方は戻って来なかったって」


 五十山田いかいだ哲人てつひと氏も、人に聞いたり自分でも色々と調べたことはあったようだ。

 彼の認識では、この呑舞どんまいで起こる奇妙な事件の10割はイクちゃんが原因である、ということになっているらしい。周囲から反対の声が出ないような意見だった。


「昔からああいう物を集めるのが趣味でな。ローマ時代の歩兵装備と攻城兵器も持っているのだ。だが、頼まれても戦争には介入出来んと断った。伊勢いせ神社の内宮ないぐうにおられる『あの御方おかた』に頼めば良かったのだ。何十億年も見ておられるのだしな」


 かつてのイクちゃんは、当時の軍部と折り合いが悪かったようだ。


「そういうこと言うなよ。皆んなして、アレは間違ったことなんだって思ってんだ。

それよりさ、アミーの引っ越しの件は分かったから。俺からも、管理会社に連絡しておくよ。そうなるとアミーの奴は宮司ぐうじも兼業するってことだよな?」


 五十山田いかいだ哲人てつひと氏も忙しい身の上であり、そろそろこの話を切り上げようかと思った。

 だが自分の会社の社員が、割と大変そうな副業を始めることには興味が湧いたらしい。その点だけは、目の前に居る歴史的物品泥棒に聞いてみようとなったようだ。


「そこなのだがな、もうにも許可をもらった方が良いであろうか? 本家から見た場合、親戚の親戚の親戚ぐらいになると完全に他人ではないかと思うのだ」


 イクちゃんは割と投げ槍に返した。彼が何も知らないということは、つまりはそういうことであろう、というのがイクちゃんの認識だったのだ。間違いでもないだろう。


「そこについては俺も知らんよ。そっちについてはイクちゃんからアミーに聞いてくれ。マンマーTVの仕事の方は、俺が調整でも何でもやるから」


 ここの社長である五十山田いかいだ哲人てつひと氏は、アミーの本業における様々な調整については請け負ってくれるようだった。


 こうして本人不在のままに、アミーこともう 惟秀これひでの副業は決められてしまったのである。それはよりにもよって、呑舞どんまい神社の宮司ぐうじというものだった。一応は神職ということになるだろう。






「スコーンか……他にも作ってくれないかなぁ……俺に……」


 昼休みのこと、マンマーTVの社屋内休憩室において、アミーは珍しく時間通りに昼食を取ることが出来ていた。

 今日の献立もミートボール入りのスコーンで、デザートはチョコクリーム入りのスコーンである。

 どちらも女鹿田めかだ清子せいこ嬢の手作りの品であるという時点で、アミーにとっては高級店のお洒落パンに勝る品物だった。

 自分は、美人の女子大生から相手にしてもらえる様な男ではない、とアミー自身がよく分かっていた。

 だがアミーは、最近の自分を取り巻く不思議な出来事に、何か運命的な変化を引き起こす力があっても良いのでは、とも考えていたのである。

 そして、今日の昼食のスコーンは中の具が右に寄っていた。


「これは良いことの予感がする。新しい冒険とかだといいな」


 スコーンを食べきったアミーは、野菜ジュースとノンシュガーのミルクコーヒーを飲み干して、そう独り言をつぶやきながら椅子から立ち上がった。



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