第11話 キヨコとセイコ

「イクちゃん、俺は清子せいこさんが小さい頃に、このドリンクを飲んだんじゃないかと思ってる。それで中途半端な副作用ってヤツが出たんだ」


 本日のみ暫定ざんていジョージであるもう 惟秀これひでは、そう言って隣に居るカワウソ型土地神様を見つめた。何か解決策が出てくるのを期待してのことである。


「これは普通に活力を与えるドリンクでな、効果も普通なので、副作用というものが無いはずなのだ。異常に無理が利くとか、そういったことは本当に無いのだぞ……」


 イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくは、珍しく困った様に言葉をこぼした。

 暫定ざんていジョージが見るところでは、イクちゃんは本当に原因が分からないという風であったのだ。

 常識を逸脱いつだつした劇的な効果があれば、副作用もそれに応じて酷いというのがルールであるらしいのだが、聞いたところドリンクの効き目は栄養剤のちょっと良いやつに過ぎないようなのだ。


「カワウソさんは、イクちゃんって名前なのね。呑舞どんまい神社の神様ってことはマンマイっちゃんってこと? それで、あのドリンクに変な力があるってことかしら?」


 暫定ざんていジョージとイクちゃんのやり取りを聞いていた女鹿田めかだキヨコ氏の理解は、県の公式ゆるキャラが混ざっていたのだがほとんど間違っていなかった。

 暫定ざんていジョージは、キヨコ氏に向かって大きくうなずいてみせた。

 イクちゃんの方は、狩衣かりぎぬそでからさらにいくつかの健康ドリンクを取り出していた。


「とりあえず落ち着こう。イクちゃん、ここに来る時に買った『お焼き』があるじゃないか。これでも食べよう。女鹿田めかださんもいかがですか?」


 このままではらちが明かないと思った暫定ざんていジョージの提案により、そこからはお茶でも飲んで考えようということになった。


「これ、米子よねこさんの店のやつよね。折角だからいただこうかしら。今お茶をいれるから待っていてちょうだいね」


 その場にいる普通の人間にとっては、日常的な要素というものが必要であったらしい。2人は肉と野菜入りのお焼きを食べ、イクちゃんは食べ物を必要としないので健康ドリンクのラベルを見ながらうなっていた。






「ただいまー。お母さん、お客様が来てるのね? 何でカワウソ!?」


 3名がリビングでお茶を飲んでまったりしていたところ、キヨコ氏の娘である清子せいこ嬢がマンションに帰ってきた。もちろんイクちゃんは思いっきり目撃された。


 暫定ざんていジョージとしては、呪いに傾倒していそうな黒を基調としたファッションの、暗い女性を想像していたのであるが、実際の清子せいこ嬢はそれとは真逆の明るい感じもする女性だった。

 母親であるキヨコ氏をそのまま若くした様な細い顔に、肩までの軽いパーマのかかった黒髪、カーキ色のロングスカートとコートは活動的な感じがあって、美人だと評してもどこからも異論は出なさそうだ。


「私はマンマーTVの者です。わけあって普通に名乗れなくなってまして……これ名刺です。今日はスコーンとドリンクの件でお邪魔してます」


 この中でも一番立場がややこしい男である暫定ざんていジョージは、真っ先に清子せいこ嬢に対して挨拶を行った。本来なら彼らの関係は、ケーブルテレビの営業とお客様でしかないのだ。


「マンマーTVの人なんだ。もう 惟秀これひでさんって名刺に書いてあるけど……妙だわ。どう頑張ってもジョージって感じにしか見えないんだけど。それにスコーンって、呑舞どんまい神社の件なの!?」


 女鹿田めかだ 清子せいこ嬢としては驚くしかないだろう。

 ある目的を持って、具入りスコーンに呪いをかけたのは彼女ではある。だが、その件で訪ねてきたのは警察ではなく、名前の認識におかしな齟齬そごが生じるケーブルテレビの人だったのだ。


 本日のみ暫定ざんていジョージであるもう 惟秀これひでは、自分が今日だけジョージになったことや、酒に酔った勢いで大凶スコーンを食べてしまい、8ヶ月の間に合計50日以上も入院した事を彼女に話した。

 清子せいこ嬢もリビングに腰を落ち着け、お茶を飲んでお焼きを食べながら話を聞いてくれたのは、タイミングというものが良かったのかもしれない。


「今日だけジョージさん。信じてほしいんだけど、私は誰かを巻き込むつもりはなかったの。ただ土地神様にお願いを聞いてほしかったから、ああいう物を作ってあそこに置いただけなのよ」


 今日だけジョージというのは良い響きだなと、清子せいこ嬢の話を聞いた暫定ざんていジョージは思った。

 清子せいこ嬢の声は、なやむ者に特有の暗さはあるものの、本来持っている柔らかさの様なものもあって、暫定ざんていジョージの耳に心地よかったのである。



====================


※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る