第8話 訪問1

 まことに不思議な事ではあるのだが、アミーこともう 惟秀これひでは、やる気と自信がどこからかいてくる感じに戸惑いをおぼえた。


 彼はイクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくという、妖怪だか土地神のような、不思議な存在の出してきた健康ドリンク『男働きざかりジョージ』を飲んでしまったのである。

 一面識も無い若い女性の所に、これから行って来なければいけないプレッシャーを軽くするつもりで、彼は飲んだのだ。

 相手を訪ねる理由が普通ではないということもあいまって、本当は酒でも飲みたい気分の彼が妥協した結果の事でもあった。


「よし、ジョージ▪▪▪▪。やる気のみなぎる顔になったようだぞ。雰囲気も何となく自信あり気に見える。名前が変わった様に感じるのは、ドリンクの副作用だ。1日で効果は消えるから気にするな」


 イクちゃんからは、やや低めの少女の様な声でそう言われ、ジーパンとセーターにダウンジャケットで身を固めた暫定ざんていジョージは、アパートを出て歩き始めた。今日は車ではなく徒歩で行くことになったのである。


 カワウソが狩衣かりぎぬを着ただけというイクちゃんは、暫定ざんていジョージの隣の空中を漂いながら道案内をしてくれるとのことだ。


「何だか変な気分だよ。自分の名前が、今日だけはジョージになるとか。ところで、イクちゃんは見られても大丈夫なのかい?」


 暫定ざんていジョージとしては、見た目が服を着たカワウソでも、浮いているし人語までしゃべっていれば問題にならないか心配だった。彼女は今まで、世間から隠れ暮らしていたのではないだろうか。


「これでも、普通の人間には認識出来ない様になっているのだ。ジョージが認識出来ているのは、関係者ということになっているからだ」


 イクちゃんは自信満々という感じで、暫定ざんていジョージにそう返した。

 暫定ざんていジョージ的には、平安時代からしぶとく秘密を守ってきた土地神様の言うことに、一応は納得することにした。実績が千年以上というのは中々無いのだ。






「まぁ、イクちゃんじゃないの!? 今日はケーブルテレビのお兄さんとお出かけなのね。最近はゆるキャラって言うものになったんですって? お人形まで出来ちゃったじゃない」


 もしも、暫定ざんていジョージがアミーのままであったなら、ビックリして少し飛び上がったかもしれない。

 商店街を通過中に声をかけてきたのは、ここで長い人気を誇る『お焼きの店』の店主である所扶じょっぷ米子よねこさんだった。


米子よねこさんではないか。そう言えば最近はここの『お焼き』を買っていなかったな。肉と野菜のヤツをもらいたいのだ」 


 イクちゃんはと言えば、慣れた様子で狩衣かりぎぬの袖から小銭を出すと、肉と野菜のお焼きを6個も買ってしまった。500円玉2枚で支払っていたことに、暫定ざんていジョージは意外な思いがした。札かカード払いかと勝手に思っていたのだ。


「イクちゃん、ここの所扶じょっぷさんは知り合いなわけ? あと荷物なら持つよ」


 ここまで来ると、不思議現象に慣れてしまった暫定ざんていジョージも聞かないわけにもいかない。ついでにお焼きの入った袋も持つことにした。


米子よねこさんが学生の頃から知り合いだな。もう45年くらいになるのか。時間が経つのは早いな……」


 あの神社がある場所に5億年もいるイクちゃんの台詞は、何故か重みよりも寂寥せきりょう感を伴って染々しみじみと響いた。


「ケーブルテレビのジョージさん。イクちゃんをよろしくね」


 所扶じょっぷ米子よねこさんには手を振って別れた。マンマーTVにとっても良いお客様なのだ。米子よねこさんは映画チャンネルの息の長いユーザーさんだった。もう還暦かんれきになるはずの人なのである。


所扶じょっぷさんにとっても、今日の俺はジョージなんだ……。ところで、あの店長さんとは1978年頃からの付き合いってことだよね」


 今は2024年になる。不思議な事にこの街にはコロナ禍は押し寄せなかった。先輩方は、土地が隔離されてるからだろと言って笑っていたが、否定しきれないので彼も何も言わなかった事を思い出した。


「どうやら、私を感知してしまう人は居るようでな。そういう人には出来るだけ黙っていてもらっているのだ」


 平安時代から続く秘密の裏には、何千人かの知り合いというものが居るらしいことに、暫定ざんていジョージは少しだけ安心した。



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