第5話 万魔佞狗《まんまでいく》

「しゃ、しゃべった? 嘘だ……そう言えばちょっと暖かい人形だ」


 彼が腕に抱えているカワウソ人形は、カワウソに白い狩衣かりぎぬを着せて、白いキノコのような帽子を被せた物だった。


「坂の上のアパートに住んでるもう 惟秀これひでではないか。私はこれでも生身なのだ。マンマイッちゃんが、オリジナルに忠実なデザインでな」


 人形は自分のことをオリジナルだと自己紹介した。そして惟秀これひでのことを知っているようだ。

 惟秀これひでとしては、悪い方の夢の延長の様な話だった。


「ひょっとして、万魔まんま佞狗でいく様ですか? 俺、困った事になってまして、出来たら助けていただきたいんです」


 惟秀これひでとしては、ここまで変な事が起きている以上、相手が更に奇怪な相手であろうとすがりたい気分だった。であるから素直にそうしたのだ。


「何とか出来そうな場合と、そうでない場合があってな。とにかく、何がどうなっているのか話してみるのだ。私のことはイクちゃんとでも呼んで欲しい」


 万魔まんま佞狗でいくは割と気さくな性格らしく、少女の様なやや高い女性の声でそんなことを惟秀これひでに伝えて来た。


「そ、それじゃあ……俺は会社ではアミーって呼ばれてます」


 惟秀これひでは178センチになる体を縮めて、自称イクちゃんを地面に下ろすと、約8ヶ月前から自分の身に起きたことを余すところ無く語った。

 彼から見ると、イクちゃんは身長80センチ程度の、ほぼカワウソ的な外観で胴が長い不思議な生き物にしか見えない。

 やたらシュールな状況ではあるものの、どうにかこうにか惟秀これひでは語り終えた。


「状況は理解した。アミーはあのスコーンを食べた所為せいで、自分の不幸が周辺の幸福に変換される呪いにかかったのだ。これは使えるぞ」


「イクちゃん! 使えるとかじゃないから! このままだと俺、死んじゃうから! 予備の魂とか無いから!」


 イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくの発言を聞くに、この神様はアミーこともう 惟秀これひでの今の状態とは直接関係がないらしい。


「あの呪いの具入りスコーンはな、誰かが作ってここに置いた物なのだ。面白い効果なので、他の人間にも食べさせてみよう。見たところクジに近い。この中には当たりもあるぞ」


 イクちゃんの説明によると、この具入りスコーンは中のミートボールが中心からズレている分だけ、食べた人間に対して酷い効果を与えるというものであるらしい。そして効果が酷い分だけ、周辺には福を与えるようなのだ。

 更にど真ん中に具が入っているスコーンだけは、大吉だいきち的な扱いで食べた者だけに幸福をもたらすということだった。


「そう言えば、俺が食べたヤツは端の方からミートボールが見えてたな。大外れの大凶だったんだ……しかも丸分かりだった」


 しょげ返るアミーだったが、そんな彼の肩をイクちゃんはポムポム叩いてはげましてくれた。


「こういうのにはルールがあってな。この木の皿に乗っている分を全部食うと絶対に1個は当たりなのだ。この際だから、重複効果の有無も含めて確認してみるのはどうであろうか?」


 イクちゃんからは割とかわいい感じに聞かれて、アミーはもう少しで1個目に手を伸ばしかけたが、寸前で思い留まることに成功した。多分だが6ゾロとかではないだろうか。


「イクちゃん。俺が食べる合計って、最悪は外れ10個で当たり1個だよね。もう既に1個は食べてるから。その場合は良くて効果相殺で、悪くすると被害の間隔が縮まって、程度の方は大きくなるだけだよね?」


 アミーとしては聞いたことをそのまま復唱する感じだった。彼は不思議な感じがした。


「そうだな。そういう効果になる可能性もあるぞ。その時には、女性になったり別の生き物になれば回避可能だ! 性転換と種の変更は任せてもらいたいのだ。実績がある」


「イクちゃん、俺がお願いしてるのはそういうことじゃ無いよ! これを作った人を探して、どうにか出来ないか聞くとか出来ないかな? 普通はそこからだよね!?」


 普通の人間に出来ないことが出来るということは、普通の人が望まない解決策が出てくる事でもあるのだと、アミーはイクちゃんと出会って初めて理解した。 



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俺が吹き飛ぶと桶屋がもうかる お前の水夫 @omaenosuihu

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