第4話 お供え物

 惟秀これひでは今回の入院中にあることを思い出していた。盲腸で入院した8ヶ月前よりも少しだけ前の夜に、あまり思い出したく無いことを彼はやってしまったのである。


 その日の彼は、仕事が終わって帰宅するなりパソコンにかじりついて、あることを調べ始めた。


「あそこは確かに神社だった。何であんなことしたのか分からないけど、俺はアレを食べちゃったんだ……」


 惟秀これひでが調べていたのは、連休前の金曜日に飲んだ帰りのこと、家まで歩いて帰る途中にあった神社のことだ。

 普段は気にもめなかったが、彼はあそこに何がまつられているのか、全くと言っていいほどに知らないのだった。


「やっぱりこの街は変な事が多すぎる。趣味で神社地図を作っている人でも、この街に普通の神社が無いことを不思議がってるしな」


 神社について調べ始めた惟秀これひでだが、このどんまいの異質さにようやく気がついてきた。

 彼も昔から何かが変だとは思っていたのである。日本の普通の街には、あんな危険な野生動物たちは出ない。

 そして神社の数にしてもそうだった。日本国内における神社とは、大小含めてコンビニよりも数が多いのが普通なのだ。このどんまいは一応は市だというのに、神社が1ヵ所しかなかった。


「そうか、初詣はつもうではいつも他の街にある大きいところに行くもんな……あそこは別の市だよ。何でどんまいだけは神社が1つしか無いんだろう?」


 どんまい市には神社が1ヵ所しかなかった。彼が帰宅時に前を通り過ぎるあそこだけだ。

 このアパートは山の斜面に建っている。神社は登ってくる坂の途中にあるのだ。この物件も意外と危ないのではないかと惟秀これひでは思ってしまった。


「やっぱり万魔まんま佞狗でいくだ。土地神様の神社だったんだな……」


 その神社に祀られているのは万魔まんま佞狗でいくだった。そもそもが伝承も曖昧あいまいな怪しい神なのである。

 神の名前からして尋常ではない。万の字を使うのは良い。だが魔という字はあまり使われないのではないだろうか。狗という字は山神を指しているように思われ、そしてでいというのは『弁才があって心が正しくない』という意味の文字である。


「やっちまったかもしれない。何であそこにあの晩、スコーンなんかが置いてあったんだろう?」


 平たく言えば、約8ヶ月前の問題の晩、彼は神社の前にお供えとして置いてあった、具入りスコーンを食べてしまったのだった。具がミートボールだったことまで思い出す事が出来た。


「多分だけど、全部があそこから始まったんだ。そうとしか思えない。このままだと、俺は死ぬかもしれない……」


 今日も金曜日であることを思い出した惟秀これひでは、ジョギング用のジャージに着替えると、例の神社に向かってアパートの前の暗い坂道を下り始めた。






「嘘だ……まだある。いや、またあるって言うのが正しいのか? 誰がこんな物を置いてくんだよ」


 もう20時を過ぎた時間だ。すっかり暗いその場所で、何を探せば良いのかも分からない惟秀これひでだったが、懐中電灯だけは持ってきていた。

 公式ゆるキャラになってしまった『マンマイッちゃん』のカワウソの様なイラストが下がる鳥居をくぐり、惟秀これひでは神社の境内けいだいへと進んできた。

 そこで彼は、神社の拝殿はいでんの前にスコーンが置かれているのを見てしまったのである。約10個ぐらいが木の皿に乗って供えてあるのが、懐中電灯の灯りの中に浮かび上がっていた。


「そんな……でも、どうしよう。ここで何をすれば許してもらえる? ここは本殿も、そう言えば手水舎ちょうずしゃまであるな。小さくても一応は神社なんだ……」


 惟秀これひではオロオロして、拝殿の脇に置いてある『マンマイッちゃん』の人形を思わずきかかえてしまった。


「神様、助けて下さい。このままだと俺は死にます。お礼とかどうやれば良いのか分かりませんが、でも助けてほしいんです」


 惟秀これひでは、わけの分からない恐怖心の所為せいで独り言が止まらなかったのだろう。最後は泣きながらつぶやいていた。


「ひょっとしてここに置いてあるスコーンを食べてしまったのか? それでどうだったのだ? 現状を教えてほしいのだ」


 惟秀これひでは固まった。彼のかかえているカワウソの様な『マンマイッちゃん』の人形が、突然話し始めたのだ。



====================


※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る