第2話 自然災害

「アミー、危なぁぁぁい! 暴れイノシシだ! 逃げろぉぉぉ!」


 盲腸から惟秀これひでが回復して2ヶ月が過ぎ、季節はすっかり夏になっていた。


 今日も暑いな、などとひねりの無い様なことを思いながら、仕事の為に先輩と2人で外出していた惟秀これひでであったが、先輩の咆哮ほうこうの様な叫びに我に返った時には色々と遅かったらしい。


「先輩、どうしたんでゲベェェェッ!」


 惟秀これひでの横合いから突っ込んで来たのは、オフィスビル群のど真ん中であってもこの街に特有の存在だった。暴れイノシシである。

 原因は定かではないのだが、たまに出てきては通行人をいていくこの動物は、市内において優先駆除対象になっていた。


 ビルの棟数が200に迫ろうという中で、自然の中にこんな物を建てるのが悪い、と言いはる他県の環境団体との不毛なやり取りは置いておくとして、惟秀これひで自身は10メートルは飛んでから路面とひとつになった。


「大変だ、誰かイノシシに轢かれたぞぉ! 急いで救急車を呼んでくれ。同じ所の人かい? あんたの方は怪我はないか!?」


 割とベッチョリしてきた惟秀これひでの周囲では、近所の者達が交通事故の直後にあるような、手順の実施と混乱の中にあるように思えた。

 被害にあった彼自身としては、これって獣害だし保険の適用はされないよなぁ、というような感想しか出てこず、程なくして意識を失うという結果になったわけである。


 イノシシの方はその場から逃走し、山間部へと姿をくらまましたのであった。






「アミー、あんたも本当にツイてないな。ああいうのは秋に降りてくるモノだと思ってたよ。骨も何ヵ所か折れてるし、しばらくは入院だな。内臓から出血までしてたんだぞ」

 

 消化器外科と形成外科と整形外科も兼任していた以前にお世話になった先生からは、運の悪さについてまたもクソミソに言われ、惟秀これひでは1ヶ月近く入院する羽目におちいってしまった。


 惟秀これひでの怪我は、左腕と左骨盤と肋骨の骨折に、内臓からの出血という手酷いもので、前回は笑っていた両親や兄弟もさすがに顔色を変えるものだった。

 彼の母親などは保険会社に連絡して、実際に支払われる生命保険の具体的な額について相談したようであるのだ。

 母親に現金かつ粗忽そこつな面があることについて、惟秀これひでにとっては幼少の頃からの事であったので何も言わなかった。それでも保険金の額だけは母親に聞いてしまった。


 いつの間にか9月になり、惟秀これひではようやくの事で退院することが出来た。

 そこで彼が感じたのは、似たような事があるものだな、というような違和感とも言いがたいものだった。彼にもたらされたのは自分にも関係する良いニュースだったのである。


「アミー、良いところに帰ってきてくれた。実は隣の県にある会社と合併することになってな。そんな金がどこにあったと聞きたいんだが、うちの方が買収したみたいなんだ」 


 彼が死にかける度にお世話になった先輩の話では、マンマーTVはケーブルテレビ会社として大きくなるらしい。

 惟秀これひではこの土地から出ていくことを漠然ばくぜんと考えた。オフィス街に猪が出て、年間に何人か犠牲者が出るのは、日本でもこの街だけだったと記憶していたからだ。


「そう言えばご近所も景気が良くてな、秋にやる商店街の祭りがあったろ? 地元で平安時代からやってるってヤツ。アレがまたニュースで紹介されてな。近所の宿泊所じゃ予約が満員らしい」


 惟秀これひでが聞いたところによると、ずいぶんと昔からこの地域でやっている秋祭りが話題になったらしい。

 それが原因で、普段は自殺を止めに入るところまでが仕事の様な民宿が、予約一杯で悲鳴が上がっているそうなのだ。


「先輩、何だか気味が悪いんですが、この街ってそんなに魅力ありましたかね?」


「そういうことを言うなよ。これもひょっとしたら、万魔まんま佞狗でいくのご加護かもしれないな。うちの会社の名前ってあの神様が由来らしいぞ。それに、近くに来てくれる大手企業が4社になったってさ」


 地元の神様の名前を聞いた時、惟秀これひでは実に嫌な予感がした。そしてここが急速に発展しようとしていることに、妙な不安を覚えたのである。



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