第6話 勇者は蘇生を始めます
【カエデ視点】
暫くグリムローズとワルツを踊る事になったのだが、慣れない踊りのせいで少しだけ彼女にエスコートされるような形になってしまった。
「あら、私の貴方。 随分なまってしまっているみたいね。 ふふ、ふふふふ。 丁度いいわ、むしろそっちの方が調教のしがいがあるもの。 そう思いませんこと?私の貴方」
「ハハハ……僕はさっき目を覚ましたばかりだからねぇ。 なぁに、直ぐにワルツぐらい覚えてみせるよ。 僕の技術吸収能力をまさかグリムは舐めているのかな?」
「ふふふふ、知っているわ、私の貴方。 愛する私の、私だけの貴方。 だから試したのよ? 私についてこられるのか、ってね。 合格よ。流石は私の貴方ね。 ふふ、気分がいいわ」
そういうと、僕の手を離しながら、クルクルくるくる。
目の前で回り回ったあと、彼女は会釈をした。
「そういえば、私の貴方。 少し気になったのだけれども───何故あの賢者の魂をあの場で潰さなかったのかしら? 私ならさっさと潰してしまうのに」
あぁ、その事か。
確かにあれだけ復讐を決意していた僕が取る行動としては些か甘いと言われても仕方の無いことだ。
「もちろん、彼らはメインデッシュだからね。 美味しい料理は仕込みから……とよく言うだろう?」
グリムにそう説明しつつ、僕は先程から忘れかけていた事を処理する為に自分の墓に向けて歩みを進めるのであった。
*
「あら、酷い有様ね。 こんなにぐちゃぐちゃの落書き。 それにこのボロボロな棺。 あぁ、私の貴方。 私にこう命じなさい?"この不届き者全てを始末しろ"って。 そうしたら、私一日で終わらせてくるわよ?」
ギラギラとした目で、血の気の多い台詞を吐くグリム。
もちろんその気持ちはよくわかる。
僕だって自分のお墓───俗に言う、死後の安寧を期待して作られた祈りの道具がこんな酷いことにされて、黙っていられるほど優しくは無い。
しかし僕たちには情報が足りていないのだよ。
圧倒的に情報が抜け落ちているのだ。
「ひとまず、僕は情報を知りたいんだ。 その為にここに割と情報に詳しそうな奴の死体───首だけども、それがあるからさ。 一旦この子を生き返らせようと思う」
そう言うと僕は、僕の墓に投げ捨てられた魔族の首を拾い上げる。
これはさっき副団長アルベルトとかいう男が、手土産のように持ってきてくれたものだった。
……よくもまあ、やってくれたな。
僕は静かに小声でそう口に出していた。
その首は魔王の娘の物。
……僕は魔王を倒す時に、彼から託されたのだ。
"彼女を守ってくれ"ってね。
だが、それは悲しいかな叶わぬ事となった。
彼女の事を処理する前に、僕は仲間に裏切られ、そのまま処刑場に連行されたのだ。
彼女とは、一度も会話を交わすことなどできなかった。
そして僕が王様に頼んだ"魔族の里に手を出すな"という願いも、きっと直ぐに破られてしまったのだろう。
……でも妙だな。
僕のあの願いは───女神様を通しての約束になったから、絶対の願いとして破棄される様な事にはならないはずなんだけどなぁ。
「────まぁ、そういう訳だから彼女を生き返らせようと思うんだけど、その前に────ちょっと散歩がてら邪魔者を始末してきてくれないかな?グリム」
「あら、私に頼み事? ふふふふ良いわよ? でも勿論私に褒美を授けてくれるのよね? そうね、私は貴方の唇を所望するわ。 どうかしら?」
そう言いながらグリムは僕の唇に手を当てる。
冷たく、されど何処か暖かな彼女の
「構わないよ。 どうせ今の僕の唇なんて価値があるとは思えないからね。 好きにしたらいいさ」
そんな少しだけ皮肉めいた言葉しか出てこない自分が憎かった。
「ふふふ、じゃあ契約成立ね。 じゃあ私のマスター。 私の貴方。 直ぐに邪魔者を片付けて来るわ────すぐに、ね」
あっという間に、夜の闇に溶けて消えていくグリムを眺めながら僕は改めて魔族の彼女を生き返らせるための魔法式を展開することにしたのであった。
**
【グリムローズ視点】
全く、私のマスターはあまりにも良すぎるわ。
久しぶりの再会だと言うのに、あの何処かよそよそしい態度。
あぁ───たまらないわね。
やっぱり私の魅力にまだまだ浸かって溺れていない貴方を、私だけのものに書き換えて、そうして甘く、どろどろとした恋を味わって貰いましょう。
ぽとり、と彼女の口から垂れた唾液が地面に真っ黒な染みを作った。
「あら、それにしても私のマスターはどうにも人気者なようね」
しばらく暗い森を駆け抜けていると、不意にその存在が目に入ってきた。
それは騎士のような見た目の男だった。
「初めまして。 あなたは一体
「ぐ、ぎ、が、……ご、ごろず。 ゆぅじゃぁ、ごろずうう!!? ゅるざん、ゆるざん!!」
男は、まるで無理やり生き返らせられた様な歪な形で目を血走らせてそんな言葉を垂れ流していた。
胸元にはどこかで見たエンブレムが光っていて、彼の右手には精霊剣が赤く煌めいていた。
「ごろず、ごろずぅぅうううう!!!」
右手の剣から漏れだしたタールのようなものが、彼にはこびりついていた。
ソレは男の雄叫びに合わせて"どくん"どくん"と鳴動を繰り返している。
───さながら心臓のようね。そしてそんなアナタはきっとケダモノ。
グリムは静かにそう思った。
「じゃまをずるなぁぁぁあ!!!」
そう叫びながら男は地面を蹴ってグリムに向けてその刃を向けた。
その狂いきった瞳には狂気と、殺気と、そして得体の知れないものを目にした恐怖が渦巻いていた。
「───きっとケダモノ。 そう、私は獣を狩りに来ただけなのよ。 だからアナタは狩られるの。 人間だったのか、はたまた別の何かだったのかは知らないけれど────」
グリムの手にいつの間にか握られていたレイピアが夜の闇に煌めいた。
「私の
静かにレイピアがグリムの手の中から繰り出される。
*
たった一撃。
男はその肉体をグリムの一突きによって絶命させられた。
「が─────お、お許し────くださ───い────────わ、───私は────」
最期の言葉すら言うことが出来ぬまま、男は塵となって消えていく。
最後にカチャリ、と音がして握られていた精霊剣とネームタグがグリムの前に落ちた。
「ふうん? あら、この男────へぇ? 王国騎士団副団長アルベルトさんって言ったのね。 知らないわね。 私に関係の無い人物ってことかしら? まぁ良いわ、マスターに届けて差し上げましょう」
そういうとグリムはまた夜の闇に溶けて消えていった。
*
《今回の死者》
『王国騎士団副団長アルベルト』
賢者ユリウスが装備させていた魔道具により、無理やり生き返った。
だがその際に副作用により理性を消失。
立て続けに精霊剣も同時に暴走を開始し、その状態をグリムによって仕留められる。
享年28歳
彼の死体はグリムの効果により、そのままこの世界の塵となって消えた。
********
もし面白いとか、続きが気になるぞい?とか、まぁ少しだけ評価してやろうかなぁ?
と思っていただける優しいお方はぜひ、☆☆☆と♡、あとコメントなどをしていただけると幸いです。
作者が嬉し泣きます。
次回は土曜日の昼。
その次の回は日曜日の昼と夜更新予定です。
魔王の娘が生き返り、そしてカエデはこの世界の状況を知ることとなる。
魔王の娘から実情を聞いたカエデは───
「え? この世界ガチで終わってるくね?」
そう言ってしまう。
次回『勇者は普通に悲しくなった』を乞うご期待!!
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