第2話 勇者は笑う

【副団長アルベルト視点】


「───なるほど、地獄から蘇ったか! 」


「おやおや、なぜ俺が地獄なんかに落とされなきゃならないんだい?」


 賢者ユリウスの罵声に勇者カエデは軽く笑みを浮かべながらの返答を見せた。


「フン、まぁいい。 ククク……さっきは取り乱してしまってすまないねぇ」


 すると賢者ユリウス様は突然何かに気がついたのか、不敵な笑みを浮かべてカエデを舐めまわすように見ているではないか。


 一体何に気が付かれたのだろうか?

 自分なりにいくつか考えを巡らせてみるも、これといった結論に到達はしなかった。


「ユリウス様。その表情、何かにお気付きになられたのですね?」


 結局自分では答えを導き出せなかった私は、ユリウス様に教えを乞うことになった。

 するとすぐにユリウス様はニヤニヤと腹の底から湧き上がる笑みを抑えるかのようにした後───、


「勇者ぁカエデ!! 君は私たちをどうするつもりなのかね?」


 そう尋ねた。

 心底馬鹿にするかのように、わざとへりくだった様子の口調で。


 *


「ふむ? 私が、か。 決まっているじゃないか──皆殺し、鏖殺、そりゃあ死ぬまで可愛がってやる予定だが?」


 カエデはそういうと睨みをより一層強くした。

 しかしその言葉を聞いたユリウス様は、唾を吹き出して……。


「ブフッ!! くははははははっ、いや失敬、愉快すぎてねぇ!!クフフフ……フハハ……あ〜面白い! イヒヒヒっ!」


 盛大に笑い飛ばした。


「───何がおかしい?」


 勇者カエデは訝しむ様子でユリウスを睨みつけるが、なおもユリウス様はその様子を辞めようとはしない。


「……ゆ、ユリウス様? ま、まさか恐怖でおかしくなられて……」


「くははははははっ、いや失礼。 あまりにも自分の状況を理解出来ていない馬鹿がいたものでな、笑いが止まらなくなってしまったようだ。 ──なぁに、私に任せたまえよアルベルト」


「誰が馬鹿だと?」


 勇者カエデは凄まじい殺気を振りまきながら、こちらを睨んでいる。

 しかしそれを見て、またしても笑い出すユリウス様。

 そしてユリウス様はひとしきり笑ったあと、私とカエデの疑問を教えてくれた。


「君だよ、君ィ!勇者カエデ、あぁ失礼。 勇者カエデ君!! 君はさっきから私たちを殺す気満々な様だがねぇ───???が無いのに、君はどうやって魔法を使う予定だったのかァね?」


 ユリウス様の言葉に俺も思わず、そういえば。とその事に気がついた。


 が勇者カエデの手元に無いと言う事を。


 *


「……聖剣が無い。 だからどうした、俺はお前達を魔法で簡単に殺す事が……」


「出来る訳ないですねェ!!あぁ、ひょっとしてもしかして、まさかとは思いますが───んですかァ? は聖剣エバーハートを手にするまでは、だったって事を!」


 ……ユリウス様の言葉は、正しい。

 俺もそこまで詳しくは無いが、勇者カエデは元々異世界人だったはずだ。

 そしてある日勇者召喚の儀式により、異世界から連れてこられただけの一般人。


 そんな彼が勇者としての力を使えたのは、ひとえに聖剣エバーハートの所有者となったからだったと。


「──────ちっ、気がついていたのか」


 勇者カエデはばつの悪い苦笑いをこぼす。

 それと比例するようにユリウス様の顔には笑みが湧き出ていた。


「えぇ! そして貴方が処刑されたあと、聖剣エバーハートは別の人間を選びました。 そう、つまりあなたはもう聖剣の所有者ではないのですねぇ!! そして聖剣は選んだ人間が死ぬまで、他の人の物にならない。 そう! つまり! 今のお前は、ただの人という事だ!!」


 その言葉を聞いて、途端に安心感のようなものが芽生えてきた。

 そうだよ、殺気を飛ばしてきた彼を怖いと思ったのは彼が勇者の力を持っているとばかり思い込んでいたから。


 それが無くなった事を思い出した今、俺達が死ぬことは無い!


「…………なら呼び出してやるよ。 来たれ、エバーハート!!!──────やっぱり……ダメ……か」


 ……もう、この男を怖がる必要も無い。

 それに、今の失敗を見てさらにその安心感は増した。


「……哀れですねぇ! ならば、一思いに貴方を葬り去って差し上げましょう。 それがかつての仲間である、私の成すべきことですからね!!───来たれ!エリュシオンの守護者よ!!『精霊天帝アークゼウス』!!」


 ユリウス様の左手に構えた杖の先端から、巨大な天界に繋がる門が呼び出される。

 そして重々しく開いた扉の中からは、光り輝く天帝が姿を現した。


 精霊天帝アークゼウス ……それは天界の王にして、賢者にのみ召喚を許されている最強の召喚獣だ。

 手に持った武具は一振で数千を超える魔物を滅ぼすとされている。


「なっ……!? 精霊天帝アークゼウスだとっ!? チッ、ユリウス!貴様まるで衰えていないな!?」


「くははははははっ! 私を舐めてもらっては困りますよォ?───来たれ、四元素の武神よ!『四元素式武神・フォー・ザ・エレメント』!!」


 手の周りに、4つの魔法陣が展開される。

 それは一つ一つが熟練の魔法使いの物と同じ程であり、それをいとも簡単に呼び出せるのはまさに賢者の名の通りである。


 そして呼び出されたのは、この世界を象る4つの元素の武神。

 火の元素武神サラマンダー・フレイタス

 水の元素武神ウンディーネ・アクアメナス

 風の元素武神エルフィード・ゲイレル

 土の元素武神ノーム・ドワルゴン


 ……それぞれの属性を支配するそれらを、まるで簡単に呼び出して見せた様はまるで圧巻と言わざるをえない。


「くははははははっ!! まだまだァ!! 鉄騎ディードラ真銀公爵シルヴァリウス!!鉱石竜デイドラ!!……さぁ、賢者ユリウスが命じる。 我に仇なす蛮族を、滅ぼしたまえっ!!」


「『《【ガァァァキャアバァァァァグァァァ】》』」


 四方を埋め尽くす召喚獣達の群れ。

 そのどれもが町、国すらをも簡単に転覆させれる程の化け物ばかり。


「──────あ、有り得ね……」


 それを抵抗すら不可能な人間に差し向けるなど、本来は有り得ない行為ではあるのだが……。


「滅ぼせ!!」


 まぁ、勇者だった男に差し向けるという意味では実に最適だったのかもしれない。 そう俺は思うことにしたのであった。


 轟音が響き渡り、勇者カエデが叩き潰される音が聞こえてくる。

 最初のうちは何とか回避しようとしていたカエデだったが、ユリウス様の魔法による拘束を受け、そのままミンチになっていた。


 だが驚いたことに、勇者カエデはまだかろうじて生きているようだったのだ。


 *


「フン、死に損ないめ。 まだ死なないとはさすがにしぶとすぎるぞ? だがもう、瀕死ではないか!──ならば最後は、我が手で2度目の人生を終わらせてやろう。 感謝したまえよ」


 ユリウス様は片手に装備した、聖杖から刀身を生成し、構える。

 既に勇者カエデだったものは真っ黒焦げの肉片が残るばかりだったのだが、それに向けてユリウス様はその刀身を振り下ろした。


 "ジュワァァァ"!!と音がして、その肉片はゆっくりと夜の闇に消えていく。

 解けるように。


「────くははははははっ、コレで良い、良いぞぉ!!」


 ユリウスはそう言いながら、斬り伏せた場所を目掛けて足を踏みおろし、ぐりぐりと足蹴にした。


「やりましたね! 流石は賢者ユリウス様! 所詮力も何もない勇者だっただけの男など、敵ではありませんでしたな!!」


 思わず自分も、重圧から解放された喜びからか少しタメ口な口調でユリウス様に話しかけてしまった。


「───ふふふ、私にかかればこのとおりなのだよ!」


 そう言ってユリウスとアルベルトはにっこりと微笑んで、握手を交わした。





 そしてそのまま、アルベルトは地面に前のめりに倒れた。

 目をかっぴらいたまま、ピクリともせず。




【賢者ユリウス視点】


 夜の森の奥から、が聞こえる。


 そして、楽しそうな笑い声と共に、がその姿を現した。


「あっはっは────傑作だねぇこれは。 おや、ユリウス君。 何をそんなに驚いているのさ。にしても感謝しているよ。 まさかの復活の為にこんな大々的なサプライズパーティをしてくれるなんて! 君は相変わらず、優しいなぁ……」



「でも一つだけ───眩しくって目がクラクラするのは減点対象だったかなぁ。それで、は堪能出来たのかな?」


 にやにやと、満面の笑みで、手の中の……おそらく魔道具らしき鈴をちらちらと見せつけてくるのであった。



 ……そういえば、勇者カエデのの一人称は───『僕』だった事をふとユリウスは思い出していた。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 続きが気になった方は、ぜひ☆☆☆

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