第1話 勇者はきっと現れる
ザァザァと降りしきる雨の中、一人の男がお墓を見下ろしていた。
「んはぁ……こりゃぁひっでえなァ……勇者様の墓だぜぇコレ?」
男はそんな事をぼそぼそと呟いたあと、その墓を蹴り飛ばす。
だが蹴り飛ばす前から既にお墓は無惨なことになっていた。
墓石には落書きが山ほど施され、無数の武具がまるで墓標のように差し込まれている。
何度も掘り起こされたのか、棺桶は雨ざらしになっており、棺桶にも同様に様々な紙や落書き、果ては魔族の角などが沢山詰め込まれていた。
「へっ、勇者の墓がひでぇ事になってるのは聞いてたが……こりゃ傑作だぜ!──俺も記念に小便でもかけとくか!!」
男はそういうと、ズボンを下ろして小便を棺桶目掛けてどばどばとかける。
「ふーすっきりすっきり。 んじゃお土産だぜぇ?死んだ勇者さんよぉ! 」
そういうと男はズボンを履きながら背中に背負っていた剣を引き抜いた。
「なぁ? これがなにか分かるかぁ?──つい最近の話なんだがよォ、お前が必死に匿っていた魔族の娘の居所がついに判明してさァ……んでよ、王様がソイツを殺す許可を冒険者に出してなぁ……」
そう言いながらその剣を逆手に持ち、男はそのまま棺に突き刺した。
当然何も反応は無い。
「んでさー。 やっと最後の魔族が仕留められるってんでよォ、俺様張り切っちゃってさー。 いやぁ傑作だったぜぇ? 「私は勇者様を待っているんです! あのお方は絶対にいつの日かこの世界に舞い戻ってきます!信じているんです!」 とか抜かしやがるからさぁ───四肢をもいでいつ死ぬかチキンレースしたんだぜ? 」
そういうと男は楽しそうに笑った。
「なのによぉ、全然死なねぇのよあの女。 腹たったからさぁ俺様さー、泣きじゃくる女で気持ちよくさせてもらったんだよなぁ!! もうすっごい絶望顔でよォ、気持ちよかったぜ!!──勇者様に捧げるための純潔を踏みにじるのは最高に気持ちよかったぜぇ!!ギャハハハハハ!!!」
当然だが、勇者はいないのでそんな言葉を投げかける必要はまるでないのだが、男はエクスタシーを抑えきれないのか、体を震わせながらその時の話を次々と勇者の墓に投げつけていく。
「んでよ、最後にこの剣で首を撥ねてやったんだよ! 絶望した顔、まじで笑けたぜ!!……まぁそいつの最後の望みがさァ──勇者様と添い遂げるとかいう話だったからさ? 俺様優しいからよォ、一緒の墓に入れてやることにしたんだよなぁ!」
そういうと、背中に背負っていた袋から何かを取り出す男。
それはその魔族の生首であった。
「ほらよォ、良かったなぁ一緒の墓で二人っきりで! まぁ死んでるから聞いちゃいねぇか! 」
そういうとそのまま首を地面に踏みつけたあと、捨てるように墓に投げ込む。
───その刹那、僅かに墓石が揺れた気がしたが男はまるで気が付かなかった。
雨が少し強さを増したのを見て、男は傘を再び広げると唾を吐いてお墓から離れていく。
満足そうな笑みを浮かべている男の傍に、兵士が数人駆け寄ってきた。
それぞれ剣や槍などを装備した兵士たちで、その胸元には王国騎士団の
「王国騎士団副長アルベルト様! 雨が激しくなってまいりましたのでそろそろご帰還の準備を始めた方がよろしいかと思われるのですが?」
男、アルベルトは兵士の言葉に頷くと。
「そうだな、そうしろ。 ここにはあまり長いしたくねぇからな。──それにこの後メインディッシュが待ってるんだ、早いとこ戻らねぇと賢者様に怒られちまうからな」
「は!かしこまりました! ベルガー、帰還命令が降りた事を兵士たちに伝えろ!」
「了解しました」
二人の兵士はすぐさま暗がりに向けて走り出した。
そのあとを追うようにアルベルトも木陰に立てかけていた自分の武器を背負うと、防具をつけ直して暗がりに歩き出す。
*
「───ん?えぇ、賢者様!? 今日は如何様で?」
しかしすぐに目の前に現れた男の為にその歩みを止める。
「ハハハハ、アルベルト。 君があの首を持っていくと聞いてね? 私もとても気になったので後を追いかけて来てしまったのだよ。 なぁに、あのクソ勇者の墓にサインでも書いてやろうかと思ってねぇ」
「はは……それはそれは。 ですが賢者ユリウス様……雨が激しくなって参りましたし風邪をひかれるかもしれませんので、またのご機会にした方がよろしいのでは?」
「アルベルト、君はいい男だ。 ふむ確かにな。 私がここで風邪をひいてしまったらそれこそ勇者の呪いだ!とか言い出す隠れ勇者信者共が沸き立って歯止めがきかなくなりそうですからねぇ──早急に立ち去るとしましょうか」
メガネをかけた初老の男はそう言うと副団長とともに暗闇の方に消えていった。
*
「おや、雨が止んだみたいですねぇ」
賢者の言葉にアルベルトは頷く。
「そうですね、さっきまで土砂降りだったというのに。 そろそろ駐屯地に到着いたしますし、そしたらどうですか? 久方ぶりにもつ鍋でもいかがですか?」
「ハハハハ、相変わらずもつ鍋が好きだねぇアルベルト君は」
二人は笑いながら駐屯地に足を踏み入れ───、そして違和感に気がつく。
「?おかしいですね、静かすぎます」
「?ふむ、きっと雨だからとたるんでいるのでしょう。 貴様ら、賢者様がお見えだぞ!丁重に対応するよう─────に………………」
副団長はキレながら近くのテントの中に足を踏み入れ、そしてそのまま沈黙を隠せなくなってしまった。
そこには、先程自分に声をかけた兵士の無惨に叩き潰された死体があったのだから。
*
「な、なっ!?何が起きた!!えぇい、ベルガー!!起きろっ!!」
慌てる副団長を賢者が冷静に諭す。
「落ち着きなさい。 ふむ、ベルガーの血の状態から見るに犯人はすぐ近くにいると思いますよ? ここで焦っては犯人の思うつぼ。 一旦広い場所に出た方が良いかと」
「そ、そうですね。 さすがは賢者さ───」
その通りだと副団長が言ったその瞬間、その言葉に被せるように後ろから声が聞こえていた。
「───そうだな。 素晴らしい。さすがは賢者だな。 ッははは!! にしても感覚が鈍っているんじゃあ無いかぁ?さては貴様、長らく戦闘から離れていたな?」
まるで知り合いに話しかけるように敬うべき賢者様にタメ口を投げかける男の声がした。
「!?誰だ、貴様ッ!! 偉大なる賢者様にそのようなタメ口など、不敬であるぞ!!」
副団長は殺意を込めて振り返る。
するとその殺意を受けた男は、肩を竦めてこちらを見下ろしていた。
駐屯地の近くの木の上、そこに男が見下ろしていたのだ。
「────ああ、失礼。 久しぶりなんだよ、まぁいいじゃないか?ん? なァそうだよなぁ?───賢者様ァ?」
「──────」
「け、賢者様!あの男とお知り合いなのですか!?」
アルベルトは賢者の顔を見る。
そこには、真っ青な賢者の姿があった。
「─────なぜ、ここに、」
賢者はゆっくりと口を開く。
だがその声は震えており、恐怖を噛み殺すようであった。
まるでその先の言葉を酷く恐れているかのように、ゆっくりと、丁寧に紡いでいく。
そして意を決したように目をかっぴらくと──、
「───なぜ、ここに居るんだっ!!!答えろ勇者カエデ!!!」
そう叫んだ。
「あぁ、何故?か。 ……相変わらずつまらない事を聞くじゃないか賢者ユリウス。……俺を裏切ったあまりにも救いようの無いクソ野郎の一人君?」
そういうと、裸の男は血塗れのまま微笑んだ。
背後にはいつの間にか赤月が立ち上り、まるで目のように見下ろしていた。
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