第24話 一番、手に入れたいもの

『霄ちゃん。うちの妹のこと気にしているでしょう』


 うふふっと、艶やかに微笑みながら、とろんとした瞳で見返してくる彼女の姉。

 この女性の方に霄が想いを寄せていたのだと、緑雨に最初疑われたくらい、魔性の色気を放つ年齢不詳の女性だ。


『だけど、そう簡単にはいかないでしょうねえ。だって、あの子は「龍仙珠」に選ばれたんだもの。大体、二年くらい修行した程度で、仙術が使えるはずがないのよ。そんな簡単だったら、他の大勢の修行者が痛すぎるでしょ? 春ちゃんの本来の居場所は現世ではなくて、桃花源。だから、本能的にそちら側に惹かれてしまうの。それに。……あの子、ああ見えて心の傷が深いからね』


 薄笑いを浮かべながら、ぐさぐさと釘をさしてきた。


 ――どこもかしこも、闇だらけだ。


 はあ……と、深い溜息を吐いて、霄は仕事道具を退けて、机上に突っ伏した。

 春天の姉ちゃんに、遠回しに「諦めろ」と延々説得されたのは、いつの頃の話だろう?

 それで、霄も一度は納得して、春天のことは諦めようと思っていた。

 本能的に惹かれてしまうものを、霄の言葉一つで止めることなんて出来ないって、分かっていたから……。

 彼女の十七歳の誕生日まで感情に蓋をして、ただの武官「霄」のまま、気の置けない悪友になりきって、やり過ごしてきた。


 ――けど。

 やっぱり、駄目だった。


 彼女が本当に自分の知らない場所に行ってしまうと自覚してしまったら、土壇場で、霄はいても立ってもいられなくなってしまった。

 気が付いたら、霄は春天から龍仙珠を奪い取っていた。

 「宝珠」に興味があったわけでも、後宮のことで使おうと思ったわけでもない。


 ――ただ、霄は春天を自分のもとに、もう少しだけ繋ぎ止めておきたいだけだった。


「龍仙珠は、安全か?」

「それは、この世で一番安心な場所にありますから」

「……ならいい」

「陛下。あまりうるさくすると、耳を塞がれそうですから、一つだけ申し伝えます。いいですか」

「どうせ、嫌だと言っても話すのだろう」


 緑雨を見ることなく言い返すと、彼は深呼吸のあとに、一気に捲し立てたのだった。


「貴方様が煮え切らないことで、本当に大勢の人間が振り回されるのです。即位するまでの思いきりの良さは何処に行ったのですか? 春天殿はしかり、後宮から追い出すことが出来ない重い事情のある妃たちだって、貴方様の一挙一投足で、何をするか分からないんですからね」


 至近距離からの声は、きーんと頭に響いて痛かった。

 ……図星だ。

 反論できないのなら、しおらしく項垂れてみせるしかない。


「言われずとも、承知している」


 後宮の瘴気なんて薄いものだと、春天は口にしていたが、一時期は確かに霄が体調不良になるほど、強い怨嗟がこもった瘴気が流れていたのだ。


 対策を練って、だいぶ薄くなったが、それでも、気になる点は多い。

 そんな危なっかしいところに、己の欲のためだけに、彼女を連れ込んでしまったのだから。

 ……でも。


(アイツが、男共に良い顔なんてするから……)


 あんな……。

 姉のような占術師に扮して、色っぽい芝居が出来るなんて、霄は思ってもいなかったのだ。

 いつも、少年のようで、ぶっきらぼうで、がさつで、無駄に前向きで……。

 誰も春天の魅力に気づいていないからこそ、霄は無害な友人を装うことができたのだ。


(俺が何のために、龍仙珠を奪ったと思っているんだ? 変な男に引っかかったら、どうする?)

 

 ……自由に羽ばたいて、風のように生きて。


 そう願っているのに……。


 どうしても、手放せない。


 それでいて、強引に自分のモノにするほど冷徹にもなれない。

 だから、霄は己を偽って顔を隠さないと、溜め込みすぎた本心を、春天に伝えることができないのだ。


(結果として、更にややこしいことになっているが……。あと、もう少しだけ)


 皇帝になっても、龍仙珠が手に入っても、世界中のあらゆるものが手に入る身分になっても、それでも……。


 ――一等、欲しいものが手に入らない。


 つくづく、現世うつしよとは、上手くいかないようにできているものだ。

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