第23話 霄の正体

◆◆◆


「……で? この責任はどのように取られるおつもりなんですかね。陛下」


 宮城の中でも、政の中心地である太麗たいれい殿。

 そのまた中央に、皇帝の執務の間がある。

 空間の無駄としか思えないほど、ただただ広い房間へやに、霄は厄介な男と二人きりで対峙していた。


(こうも早くバレるとは……。俺のせいではあるけれども)


 ここまで刺々しく自分を叱責出来る人間は、采華国内で現在この男くらいしかいないだろう。


「ったく、うるさいな。緑雨」


 ただでさえ、動きづらい仰々しい格好で、留守の間の雑務をこなしているのだ。

 それなのに、顔を上げると、目力の強い濃い男が今にも噛みつこうという勢いで自分を睨んでいるという、呪いのような状況。

 勘弁して欲しい。


「うるさくもなりますよ。諦めると宣言していた春天殿から、龍仙珠を盗ってきたんですよ。それだけでも驚きなのに。またすぐに、何も言わずに協力しろって、強引に後宮にまで連れてくる片棒まで担がされて。……公主の身分まで用意させるわ、星辰殿で酒盛りなんかさせられるわ、挙句、私に無断で勝手に後宮まで会いにいってしまうわ……。しかも、何です? あの痛ましい被り物は? 采華の歴史上、あんな嗤える道化姿で後宮に渡った皇帝は、貴方様だけですよ」

「良かったな。史上初じゃないか」

「不名誉で一番なんですよ。嘆いているんですよ。私は! 分かりませんか?」

「ああっ、うるさい」


 人払いしておいて良かった。

 こんな会話を、立ち聞きされる方が不名誉極まりないではないか。


「あいつ女だって自覚がないみたいだから、いっそ、口説き倒してみたら、どんな反応を見せるかなって思って?」

子供ガキですか? 訳の分からない実験するくらいなら、変な被りモノを脱いで正々堂々やってくださいよ。采華の皇帝と霄は「同一人物」なのだと……。ずっと君のことが心配で、精鋭の護衛まで使って見守っていましたって、きちんと彼女に明かしてくださいよ」

「……素面で、そんな台詞を俺がすらすら言えるはずがないだろ」

「そこ、開き直るところですか!?」


 緑雨がこめかみを押さえて、傍らの紫檀の書棚に手をついた。

  

「そりゃあ、命懸けの戦いをしてここまで辿りついて、一つくらい貴方様が望むものを……と思ったので、私も春天殿を後宮に呼ぶことには賛成しましたよ。ですが、貴方様の勝手な感情の暴走で、この国の品位を落としてどうするんですか? この世情不安の中で、いろんな人間に迷惑を掛けまくっているのです。自覚くらいなさってください」

「ああ、その点は優秀な人材に恵まれて良かったと思っている。特に、お前の嫁さん」

「私の嫁は、貴方様の臣下ではありません」


 ハアハアと、緑雨が肩を上下させている。

 よほど、腹に据えかねているようだ。

 彼の言いたいことは、分かっている。

 侮られるな、隙を作るな。敵を増やすな……ということだろう。

 けれど、周囲にとって「良き皇帝」を演じていても、腐り切ったこの王朝を建て直すことなんて出来ないのだ。

 だったら、悪い噂でも何でも流してくれた方が、敵か味方か、宮城内の人間を選別出来て楽ではないか?


 ……問題は「春天」だ。


(永遠に傍にいて欲しいだなんて、高望みはしていない)


 だけど、万に一つ、霄のことを想ってもらえる可能性があるのなら?

 そのための時間延ばしを……。

 最後の足掻きをしてみたかったのだ。


「しかし……だな。緑雨。春天の奴、俺に今、後宮に居残っている兄上の妃を全員妃にすればいいじゃないかって、とんでもない提案をしてきたんだ。他人事だと思って、適当なことばかり言いやがって。一泡吹かせてやったっていいだろう?」

「ああ、全員を妃に? 別にそれでも私は構いませんけどね。追い出しきれなかったのは、我々の基盤がぜい弱だという証左なのですから。……でも、敵対関係だった皇帝の嫁をそのまま妻にするっていうのも、なかなか」

「だろう? 春天の奴、面倒事ばかり俺に押しつけやがって。自分は永遠に蚊帳の外にいるつもりなんだ。これを許せるはずがない」


 ぎりっと、霄が拳を握りしめる。

 あんた、初恋を拗らせきってしまって、情緒がめちゃくちゃになってしまったんだよ……という、冷淡な視線を緑雨が送っていることにすら、霄は気付いていなかった。


「いや、だからって、いきなり被り物した皇帝から好きだとか言われて、手でも握られた日には、私の妻だったら、一瞬で相手を自分の視界から消していますよ」

「俺は消されるのだろうか?」

「まあ……。消されなかっただけマシですね。春天殿が男女の機微に疎い方でかえって良かったのです。だからこその誠意なのです。正体を明かして、今までの謎の行動の意味を逐一説明するしかないのです」

「やっぱり、駄目だ」

「ええ、駄目で。……駄目? 駄目とは如何にっ!?」

「フラれるならまだしも……。今のままじゃ、その前段階で、アイツに俺の言葉が理解できない可能性が高い」

「まさか! そんな、いくらなんでも……」


 ……と、緑雨が反論しようとしてから、がくりと肩を落とした。


「………心中、お察しします」

「それに……。問題はそれだけじゃないんだ」


 ただ一直線に、思いのままに行動を起こすことが出来たのなら、とっくの昔に霄は何度も何度も春天に想いを伝えて、この感情を分からせる努力をしただろう。


 ――だけど、できなかった。


 理由は、自分が臆病なだけじゃない。

 明白なものがあるのだ。

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