第19話 (仮)仙女、香樹さまに問い詰められる

「公主さま。聞きましたよ。聞きましたよ。聞き……」

「大丈夫です……わ。もう、分かりましたから。香樹さま」


 頭が痛い。

 二日酔いとは違う、柄にもないことを考えて、知恵熱が出そうな痛みだ。

 怖ろしい騒動がようやく収まった昼過ぎ。

 芳霞ほうか殿にいると、事情を知らない女官がニヤニヤしながら、私に熱視線を向けてくるので、怖くなって回廊に飛び出してきたのだが、結局何処にいても、後宮にいる限り、私に安住の地はなかったのだ。

 小動物が餌を見つけた時のように、香樹さまが恐る恐る、でも私を逃さない速度で後をつけてくる。

 無視して、撒こうとも思っていたが、どうせ何処かで捕まるだろうと、私は観念することにした。


 ――何故、香樹さまが私と陛下のことを知っているのか?


 それこそ、愚問だろう。

 ……だって。


「ああーん。陛下が後宮に御渡りになるなんて、即位後二回目の快挙なんですよ! しかも前回は、後宮解散の手続きでいらしただけで、すぐにお加減が悪くなって、耀真殿に戻られてしまったのです。陛下が……ですよ! 突然公主様を訪ねてきて、一目惚れだなんて!? 芳霞殿の様子を注意深く観察していて良かったですわ」


 ――女官さんを買収しているんだから……。


 まあ、娯楽の少ない後宮だ。そのくらいはするだろう。

 多分、私も長くここに滞在する羽目になったら、退屈すぎて、この方と同じことをするかもしれない。

 ほら、香樹さまの目の瞳孔が開いている。

 あからさまに興奮しているようだ。

 しかも、私は着替えて控えめな濃い紫の深衣姿になっているにも関わらず、彼女は今日もド派手な黄色の襦裙を身につけている。

 鈍感だと自認している私だって、今回は人目がつかない場所を探して、香樹さまを後宮の奥にある蓬莱ほうらい池の畔まで連れ出したのに、この見た目と声。

 まるで、後宮中の人に「ここにいますよ」と、宣伝しているようだった。


(そんな大声で宣伝しないでくれよ。私は龍仙珠さえ返してもらえば、皇帝なんかに用もないんだから)


 おかしいのは、皇帝陛下だ。

 この国で一番偉い御方で、望めば、国中の美女という美女を妃に迎えることが出来るはずなのに……。

 何が悲しくて、私のような童顔でお子様体型で、がさつな娘に惚れなければならないのか?


(やっぱり、嫌がらせだ)


 龍仙珠のことを煙に巻くために、霄と二人で企てたのだろう。

 そうに違いない。


(腹立つなあ……)


「ねえ、公主さま。陛下って、冷たい氷のような御方らしいですけど、お顔は大層美しいと聞いたことがあります。どうでしたか? わたくしも、多分、他の居残り妃たちも知らないので……」

「居残り妃って……」

「本当のことですもの」


 私は、香樹さまのあっぱれな開き直り方に惚れそうだった。


「……で? もったいぶらず、教えてください」

「あー……。詳細な情報は売られていないのですね」


 噂話大好き女官さんたちでも、陛下が異様な風体で私のところに訪れたことは、内緒にされたらしい。

 箝口令でも引かれているのかもしれない。

 確かに、あの異様な姿が喧伝されたら、即位して間もない陛下の御代は、危なっかしいかもしれない……。

 私もわざわざ、陛下の危険さを主張するつもりもなかった。

 ならば、さりげなさを装って、話題を変えるしかない。


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