第18話 陛下は、一目惚れをしたらしい

(しかし、あれだな。これは……アレ)


 昔一度だけ見たことがある、演劇舞台の袖口にいる、あの……。


 ――黒子……みたいではないか?


「ふふっ」


 横を向いて吹き出しそうになってしまったら、見事に、その瞬間を宦官に見られてしまった。

 ここまで、私を敵視するということは、私の身の上を知っているようだ。

 だったら、この宦官の爺さんだって、この謎の謁見がいかに茶番かということくらいは、自覚しているはずなのだが……。


「公主様……」


 やっぱり、叱られる?

 ――と、私が見構えた寸前で、陛下が口を挟んできた。


「春世公主。遠路遥々よく采華に来た。私と姉君とは二十も年が離れている上、宋沙に嫁いでしまってからは、一度もお会いしたことがなかったのだが、まさか、このような美しい娘御がいらしたとは……。もっと早くお会いしたかった」


 ――おや?

 ……喋った。

 布越しなので、随分くぐもって聞こえたけれど……。


(やはり、本物なのか?)


 しかし……。


(美しいって、私が?)


 その漆黒の覆いから、私の顔なんて見えるのか?

 どれだけ高性能な紗なんだ?


「春世公主」


 ……いけない。

 宦官の爺さんに咳払いされて、私もいつものように仮面の笑みを浮かべた。


「本来であれば、わたくしから名乗らなければなりませんのに、陛下から先にお言葉を賜ることが出来て、恐悦至極でございますわ」


 習っていた通り叩頭をして、顔を上げる。

 習った通りの挨拶。

 本当は少しでも仲良くなって、香樹さまを妃候補にとお勧めしたいし、龍仙珠の在処を知りたいところだが……。


(……かといって、陛下がコレじゃあな。大丈夫なのか、この国?)


 内心の葛藤をよそに、私が爽やかな笑顔を作り込んで頭を上げると……。


「ああ。そなたは可憐で本当に美しいな。公主よ。もっと近くで見ても良いか?」

「……はい?」


 幻聴ではないか?

 しかし、紗を介した声音は、陛下以外考えられない。


(もしかして、余人に聞かせたくない話でもあるのか?)


 ……龍仙珠のことだろうか?


(だったら、望むところだが……)


 しかし、瞬速で近づいてきた陛下は私の両手を握りしめるだけで、急に無言になってしまった。


「へ、陛下?」


 内緒話は、一体何処に?

 しかも、ようやく私を見下ろしながら、陛下が囁いた言葉は……。


「愛らしい、公主。可愛いすぎて、そなたは、この世の者とはとても思えないな。私には公主がこの世のどんな女人よりも綺麗に見える。……まるで、天女のようだ」

「え……と」


 私の心だけ、軽く昇天した。

 

(私、天女ではなく、(仮)仙女なんだけど?)


 なんて、訂正もさせてくれなかった。

 間髪入れずに、黒子の陛下は言い放ったのだった。


「春世公主。私はそなたのことが気に入ってしまった」

「はあ?」

「私は、そなたに一目惚れしたということだ」

「一目惚け?」

「惚けてはない。一目惚れだ。私はそなたのことが好きになってしまったようだ」


 好き?

 この一瞬で?

 その風体で?

 私を?


 ――あんたの目は、節穴か!?

 思わず、叫び出しそうになったものの、確かに、この男は真っ黒な布を被っていた。


(見えちゃいないのでは?)


 いい加減、突っ込みたいのだが、誰かその許可をして欲しい。

 私の両手を握り締める黒子……もとい、陛下の手が暑苦しい。

 だけど、一方で……。

 その場に居合わせた従者にとっては、永遠に続くお寒い時間だった。

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