第16話 霄の嫌がらせ
「ああっ! 何てことを? あんた、私に対する嫌がらせが快感になってきたんじゃないか?」
「そんな変態的な趣味は、俺にはない」
けろっとしている。
この男、ザルなのがまた癇に障るのだ。
「酷いな。私だって、このくらい飲んだって良いだろう? あらゆる苛々が溜まっているんだから」
「無理に連れだして悪かったな。俺だって罪悪感くらいはあるさ。でも、贅沢な生活と食事だけは、提供しているつもりだ」
「酒は、今あんたに飲まれたけどな」
「教育的指導だ。嫌がらせじゃない」
「どうだか」
ムッとして軽く睨んでみると、はあ……と、重々しい霄の溜息が響く。
理由は話してくれないが、霄もまた疲労が蓄積しているようだ。
(龍仙珠を盗られた時は、腹が立ったけど。……霄のこういう姿を見ていると、何か複雑なんだよな)
霄のことを心配しつつも、私が月餅に手を伸ばしていると……。
「それで、春天? 翠妃……いや、香樹さまと何を話したんだ? まさか、香樹さまが後宮に留まる理由が、お前と同じってことはないよな?」
「え、そう……みたいだけど? それが何か?」
「そうみたいって?」
自然に答えたつもりが、更に霄を疲弊させてしまったようだった。
「香樹さまってさ、物凄く博学なんだよ。この国の歴史を纏めた史書なんかを読むのが楽しいんだって。ほら、月凰宮は長い歴史があって、仙人が修業した痕跡もあるから、できることなら、このまま後宮で研究を続けたいそうだよ」
「……いくらこちらが聞いても、答えもしなかったのに。そんな理由で」
「だって、妃が史書好きってバレたら、陰気だって言われて、すぐさま皇帝に追い出されるからって。ご両親が厳しい方みたいだよ」
「まあ、彼女の両親は先の皇帝の宰相だからな。相応に厳しいだろうが……。しかし、何でお前には会ってすぐに、ぺらぺら話したんだ?」
「そりゃ、私が重点的に仙人様の痕跡を辿っていたからだ。私の熱心な様子にピンときたみたいだ。素晴らしい観察眼だな」
「喜んでいる場合じゃない。彼女には速やかに出て行ってもらわないと……。陛下の立場だってないだろ?」
「なあ、そこなんだけどさ」
私は、ぼんやりと呟いた。
「どうして陛下は香樹さまを、そのまま自分の妃にしないんだろうな?」
「先の皇帝に仕えていた宰相の娘……。そんな危険人物を妃になんかできるか」
「いやいや、霄。逆転の発想だよ。みんな取り込めば仲良くなれるかもしれないじゃないか。他のお妃様にしてもさ。きっと、居座っているのは相応の理由があるからで。もしかしたら、みんな今の皇帝陛下が大好きだからかもしれないからじゃないか?」
「有り得ない」
「頭が固いな。でも、私もあそこでちょっと過ごす間に、いろんな……こう……視線を感じるし、元・お妃さまたちも、陛下のこと意識しているんだろうなって思うわけよ」
「視線を感じる? やはり、お前の警備を倍にした方が……」
「待て待て。そんなことに人員割いてどうするんだ? 私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
後宮に新入りが入って来たのだ。
しかも、先代皇帝とは所縁がなく、現在の皇帝の希望で入宮した公主。
注目を集めるのは当然のことだ。
(私はすぐに後宮出るし、深入りするつもりなんてないから、いいんだけどさ)
気晴らし程度に探ってみれば、春世公主を快く思わない人たちを発見することなんて容易いだろう。けど、そんなことはどうだっていいのだ。
「後宮なんて広いんだし。どうせ、またしばらくしたら、本格的に妃を募集するんだろう? だったら、別に今居残っている妃を丸ごと自分の妃にしてしまえば楽じゃないか?」
「……お前さ」
「私はおかしなことは言ってないと思うけど? 香樹さま、可愛いし、頭良いし、陛下も気に入ると思うんだけどな? 陛下に拝謁する機会があったら、それとなく勧めておこうと思うんだが……。あんたも陛下と顔見知りなら、そっと勧めてみたらいいんじゃないか?」
ああ、我ながら名案だ。
可愛らしい妃を迎え入れて、有頂天になった陛下なら、すんなり龍仙珠を返してくれるかもしれない。
そして、龍仙珠を手に入れた私は、障気を祓ったフリでもして、霄の憂いを晴らしたら、気持ち良く桃花源に行くのだ。
「近づいているな。確実に。私の桃花源行きが……」
「何? お前……いまだに、桃花源なんて、得体の知れない場所に行きたいのかよ?」
ぼそっと、霄が呟く。
「そりゃあ、当然……」
――と、順を追って、いかに私が桃花源に行きたいのかを説明しようとしたら、痺れを切らしたのだろう、霄が機嫌の悪さそのままに、立ち上がっていた。
「もういい。俺は寝る」
「え? あ、うん。お休み」
「お前も、さっさと帰って寝ろよ。……朝一番で、大変なことになるだろうからな」
「どういう意味?」
「ふん」
じっとりした流し目で、私を一瞥した霄は、そのまま振り返ることもなく、足早に出て行ってしまったのだった。
「何なんだ。あいつ?」
ここに来たのは、彼のためでもあるのに、ああいう態度を取られると、私だって
馬鹿馬鹿しくなってしまう。
(何が朝一番で大変なんだ? 大変なのは、いつものことだよ)
「まあ……いいや。どうでも」
――食い倒れてしまえ……。
……とばかりに、考えなしに食べて、翌日、重いお腹と二日酔いとの戦いを繰り広げていたところ……。
「陛下が
おかっぱ頭の少年宦官から、爽やかな声で告げられてしまった。
(……霄)
昨夜、彼は「変態じゃない」と言っていたけど……。
絶対、霄は私に嫌がらせをすることに、快感を覚えてしまったに違いない。
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