第14話 (仮)仙女、酒盛りをする

 ――――公主さまは、はく 朔彭さくほうの修行場を見たくて、こちらに来たのでしょう?


 鈴を転がしたような、柔らかい声音だった。

 私が男だったら、惚れていたかもしれない。

 やっぱり、高貴なお妃様は人を惹きつける力があるのだ。


「香樹さま。あのお妃様は素晴らしいな。可愛いだけでなく、伝説の朔彭さくほうのことまで知っているなんて……」


 ――夜。

 月凰宮を出てすぐの星辰せいしん殿。

 

 本来は、皇帝の血縁関係の者が滞在する時に使用する御殿の大広間のど真ん中で、私は胡坐をかいて、酒盛りを開いていた。

 もちろん、貴族の方々が、品良く食事するための豪奢な高椅子や机も揃っていたが、私は仰々しいのは苦手なので、家具は隅に追いやって、庵で生活していた時と同様、地べたに座って食べている。

 後宮から抜け出す方法は、霄と緑雨さんが考えてくれていた。

 私に仕えている女官さんたちは、一部を除いて、私が高貴な公主さまと信じ込んでいるので、こんなことをするなんて、想像すらしていない。

 皆が寝静まってから、宦官かんがんに扮して抜け出すなんて、容易いことだ。

 

(身軽な官服は、最高だな)


 締め付けがないので、思いのままに呑んで、食べることができる。


「あの朔彭さくほう……だよ。仙人目指すなら知らなきゃいけない大偉人だ。そんな大層な人が月凰宮のある場所で大昔に修業していたなんて……。しかも、それを知っていて、歴史研究のために後宮に残っている香樹さまも素晴らしいよ。感動ものだ」

「……随分とご機嫌だな? あんなに後宮行きを嫌がっていたくせに」


 私の独り言のような言葉を拾って、霄は当たり前のように隣に座っていた。

 後宮は男子禁制。

 霄も緑雨さんも立ち入ることは出来ないので、私は夜な夜な芳霞宮を抜け出して、今日の報告と称した食事会を開いているのだ。

 昼間は当たり前のように背後にいる女官さんや護衛の方も、外に控えているので、今は霄と実質二人きり。まるで、庵で生活していた頃のようだった。

 つい、今までの諍いを忘れて、従前通り霄に話しかけてしまう。


「そりゃあ、仙道の理解者は歓迎だ。話せる人って、少ないんだから」

「お前、そんな誇らしげに話しているけど、そもそも伯 朔彭のことをちゃんと知っているのか? 名前だけ聞いたことがあって、楽しそうだから俺について来たってわけじゃないよな?」

「失敬な。そんな私を尻軽女のように……」

「朔彭のことは、お前を釣る目的で話してはみたけど、正直、行くって即答されるとは思ってもいなかったんだ。驚いて当然だろう?」

「ふふっ。無論 伯先生のことは知っているさ。仙人のおっさんからは、まともに習ってはいないけど、姉ちゃんが仙人の書籍を揃えていてな。色々教えてもらった。伯 朔彭は仙人の先駆けのような方なんだよ。だから、千年前に、伯先生が秘密裏に修業したところを拝めるなんて、夢のような話なんだ」

「それで? 後宮に来て、その仙人が修業した場を見て回って、感動でもしていたのか?」

「それがな……。一応、香樹さまと示し合わせながら、伯先生の修行場を見て回ったんだけど、正直、よく分からなかったな」

「千年前のことだからな」

「そうだ。千年も前のことだからな。分からなくて当然だよな」

「……お前、莫迦だな」

「何か言ったか?」

「いや」


 しっかり、聞こえているんだが……。

 自分でも分かっている。

 結果的に後宮に潜入するにしても、もう少し焦らしてからにすれば良かった。


 ――あの日。

 絶対、後宮なんて面倒な場所には行かないと突っぱねる私に、霄は仙人を目指す人間には、後宮は聖地なのだということを訴えてきたのだ。

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