第13話 (仮)仙女、香樹さまに観察される

 まるで、現世の桃花源のような「月凰宮」。

 何処までが敷地なのか、分からないくらい広いにも関わらず、いつも静かで、塵一つ落ちていない、楽園のような場所だった。

 統一感のある朱塗りの瓦屋根に、あちこちで咲き誇る満開の花。

 皇帝が政務を忘れて寛ぐことが出来るよう、完璧に設計されていた。


(ここはここでいいんだけど……)


 それでも、ここは桃花源を模しているだけで、本物とはきっと違う。

 

(龍仙珠を取り戻して、本物の桃花源に行きたいところだな)


 そのための手段は、何も私が後宮入りなんかしなくとも、あったのだろうけど……。

 でも、過去に立ち返ったところで、結局私は、今と同じ選択をしてしまうはずだ。


 霄の言葉を借りるのなら、多分「莫迦」だからだ。


「ほら。また、一人でぼんやりなさって。公主様は本当に面白き御方ですわねえ」

「わあ、ごめんなさい」

「ふふふっ。ほら、面白い」


 我に返ると、香樹さまが私を下から覗きこんでいた。

 三人の妃のうち二人は、私の存在に無言を貫いていたが、香樹さまだけは怖いほど私に、懐いていた。

 気さくで、警戒心のない少女。

 それでいて、以前の地位は、正一品に次ぐ、正二品。

 妃の中でも、二番目に高い位だそうだ。

 私より、年下だろう。

 頭一つ分、私より背が低いから、そう感じてしまうのかもしれないけど……。

 くりくりした大きな瞳と薄い唇。たまに舌足らずな時がある。

 綺麗というより、可愛いという感じだ。

 茶髪に、衣と同色の紅の簪を挿していた。

 彼女は、身分すら怪しげな得体の知れない私にも、色々教えてくれる優しい女性なのだが、それと同時に、私の一人散歩の邪魔になってしまう要注意人物でもあった。


(可愛いから目の保養にはなるんだけど、近くにいると、落ち着かないし、仙術も使えないんだよな。早く自分の宮に帰って頂けるとありがたいのだけど)


「面白い……ですか。まだこちらの生活に慣れなくて、右往左往しているだけですわ。ふふふ」


 普通の女の子同士のやりとりが分からない私は、占術師をしている時同様、「お姉さま」的な人物を、何とか演じていたが……。

 私の自慢の芝居も、妃相手には通用しないらしい。

 香樹さまは、真顔だった。


「ここ数日、わたくし、ずっと公主さまのことを観察していましたのよ」

「そうだったんです……の?」


 もしかして、持参した動きやすい襦裙姿で、後宮内を歩いてしまったのがバレてしまったのか?


「だから、わたくしには、公主様の目的が分かっていますの」

「えっ?」 


(龍仙珠のこと……か?)


 しかし、そんな存在があることを、私は霄と緑雨さん以外に話していないのだが?


 おもいっきり、小首を傾げていると……。

 香樹は周囲を憚りながら、そっと私に耳打ちしてきた。


「あの……このようなところで話すことではないとは思いますけど、もしかして、公主様も、この後宮で……?」

「はっ?」


 月凰宮の中心部の渡り廊下。

 いかにも、人目につきそうな場所。

 侍女たちも控えているところで、こそこそ香樹さまが話しかけてきたのは、私にとって、どきどきの内容だった。

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