二章 (仮)仙女、桃花源に行くつもりが、なぜか後宮で謎の皇帝に異常な溺愛をされる

第12話 勢い、後宮生活始まる

 ――と、あれだけ勢いよく啖呵を切ったにも関わらず……。

 なぜか、それから一月後も経たないうちに、私は後宮・月凰げつおう宮にいたりするのだ。


(どうして、こうなったんだろう?) 


 天地がひっくり返っても引き受けないと、公言していたはずなのに。

 自分の浅はかさと、流されやすさに、むしろ感動だ。


 ――それでも……。

 後宮行きを決意したのは、やはり、霄がおかしいという理由を筆頭に諸々あるのだが。

 まあ、しかし……。

 今この瞬間に、それはどうでも良い話だった。


「春世公主。ぼんやりされて、どうなさいましたか? やはり、陛下と同じく後宮の瘴気とやらに当たってしまったのでしょうか?」

「うわっ……と。えーっと、香樹さま。そ、そんなことはありませんわよ。少し疲れただけですわ」


 私以上に、小さく華奢な身体で、入宮した直後から私に付き纏ってくるのは、先代皇帝の妃、すい 香樹こうじゅさまだ。


(先代皇帝の妃が未だに滞在中なんて、聞いてなかったんだけど?)


 しかも、先の皇帝の(表向きは穏便に譲位という形を取ったので、今は太上皇たいじょうこうと呼ぶそうなのだが)お妃様三名と、彼女たちに付いている女官に宦官、しめて二百人近く、現在も滞在中らしい。


(霄の感覚がおかしいのか? これのどこが、ほぼ無人なんだ?)


 重要なところをぼやかして私に伝えたのは故意なのか、偶然なのか?

 後宮に行けというから、てっきり、私は下働きの女官にでも化けるのかと思ったのだが、これも一体どういうことか、直前になって、霄から「お前は皇帝の姪役」だと、言い渡されてしまった。

 多少なりとも身分があった方が、下女として忙しく仕事をするより、自由に動けて良いらしい。

 

(まあ、一理はあるかもしれないが)


 ……なんて、単純に。

 気持ち半分、納得してしまったのがいけなかった。

 おかげで、私は庶民の余所行き用の襦裙とは比較にならないほどの重々しい衣装、頭に穴が開くんじゃないかと思うほどの簪の山を挿す羽目になってしまったのだ。


 ――春世しゅんぜい公主。


 異民族の姫君は、名前に「世」を付ける風習があるらしいので、それが私の偽名になった。

 新皇帝の年の離れた姉君は、西の果て宋沙という国の王に嫁いで二十年以上になるそうだ。

 皇帝の姉の子供については、ほとんど情報を持っている人間がいないので、丁度、良いだろうという話で、私に宛がわれた高貴な身分だった。

 采華とは異なる文化の国で暮らしていたため、公主の振る舞いが分からないと言えば、大抵のことは見逃してくれる……そうだ。


(こんな適当で、いいんだろうか? この国)

 

 霄曰く、後宮は皇帝の妃嬪きひんが暮らす場所であるが、例外的に身内の女性が過ごすことも出来る場所……らしい?

 まったく、知らなかった。


(瘴気のことだって……)


 感受性の高い人間ならともかく、普通の人なら、許容できる程度の濃さだった。


(何が「月凰宮は魔境だ」だよ? ちっともじゃないか?)


 ――だから。


(じゃあ、私に何をさせたいんだって? 可能性が高いのって、居残っている太上皇の三人の妃たちを、どうにかしたいっていうことなんじゃないのかな?)


 私が後宮に入ることで、妃たちに速やかに出て行くよう、圧力をかけたいのかもしれない。

 後宮内に前の皇帝の妃が居座ることは、普通は有り得ないことなのだと、私付きの女官さんが話していた。

 しかも、太上皇は現皇帝にとっては、かつての「敵」。

 その妃たちが未だに居座っているなんて、なかなかどうして、恐ろしいことではないか?


(お妃さまたち、命懸けなのか?)


 正一品の妃たちは太上皇に同行することを許されたが、それ以外の妃は各々身の振り方を考えて、出て行ったそうだ。

 それが、今までの慣例だったはずなのに……。 


(ここに居残っている、お妃さま達はどの女性もそれなりに位が高く、いいところのお嬢様らしいから、即位して間もない皇帝は、面倒事を避けるために、彼女たちの存在を黙認しているらしいけど……。いい加減出て行けって思っているよな)


 彼女たちは身の危険を顧みず、どうしてここに居座っているのだろう?

 やはり、そのまま強引に居座って、新皇帝の妃になるためなのか?

 それとも、太上皇を追放した現皇帝に対する復讐を企図しているのか?


(……面倒、極まりない)


 ただ単純に、住み心地が良いとかだったら、面白いのに……。



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