第11話 (仮)仙女、後宮行きを提案される

采華さいかの建国から五百年以上、ずっと同じところで政をしていたわけではありませんし、都は定期的に移動していました。怨念渦巻く建物なんて、世の中ごまんとあります。……ですが、月凰宮げつおうきゅうだけは」

「そんなことを言われても。私に何が何だか……」


 緑雨さんの話し方が、まるで怖い話を嬉々として話す、近所のジイサンみたいだ。

 大仰というか……。

 面白がっているというか……。

 霄もそれを察したのだろう。緑雨さんを目で制して、いつもの平淡な口調で付け加えた。


「まあ、皇帝の代替わりの時だし、後宮なんて、端っから魔境だからな。瘴気くらい定期的に発生しているのかもしれない。だが、問題だったのは、陛下が後宮に渡って、すぐに高熱を出して寝込んでしまったことだ。幸い、先代皇帝の妃たちは、ほとんど実家に戻ったので、後宮はほぼ無人状態。現状、陛下は住まいのある、耀真宮ようしんきゅうで寝泊まりしているので、今のところ、大きな障りはないが、この先のことを思うと不安でな」

「分からないな。少なくとも、先代の皇帝は後宮で何も感じなかったんだろう?」

「さあ、どうなんだろうな? 最も可能性が高いのは、新皇帝の即位が決まってから、皇帝を呪った人間がいるのかもしれないってことだ。ともかく、あの場所をどうにかしないことには、国が危うい……らしい」

「……で? あんたは龍仙珠を後宮の厄除け的な意味で、私から奪ったと?」

「何度でも言うぞ。奪ったわけではない。ちょっと拝借したんだ」

「だったら、返してくれよ」

「俺の権限ではもう無理だ。陛下に直接言ってくれ」

「なんだと? 無責任すぎやしないか」

「まあまあ」


 子供の諍いを大人が宥める感じで、緑雨さんが間に入って来た。


「そういうことで、龍仙珠の持ち主である春天殿であれば、この瘴気を祓えるのではないかと、霄……様が貴方を推挙したのです。もし、瘴気祓いが成功したら、望むものは何でも与える……と。龍仙珠も返却すると仰せになっています」

「そんな責任重大なことを、私一人で?」

「ええ。特に急ぎというわけでもありませんので、ゆっくりで構いませんから」

「そんな……」

「大丈夫だ。春天。お前なら、さっきの占い師のけばい感じで、乗り切れる」

「あんたが言うなよ? それに、仙術っていうのは、元来呪術とは違うものなんだ。不老不死になるための妙薬作りに勤しんだり、霊符を作成して、子孫繁栄を祈ったり……。「個人修行」が主なんだよ。仙人も色々な派閥があるらしいから、一概にはそうとも言えないけど」

「何? 仙人のくせに派閥なんかあるのか。面倒臭い」

「私も詳しくは知らないけど、東西南北、中央の聖山は「天山五壺」と呼ばれていて、何処で修業するかで、教義も違うんだ。私が習ったおっちゃんは、北の天桂山の所属。北の仙人は瘴気とか、呪いだとか、人を貶めるような術は管轄外なんだよ」

「お前の姉ちゃんは、詳しかっただろう?」

「姉ちゃんは、仙女としては規格外なんだ」

「それなら、お前だって同じじゃないか」

「と、ともかく! 私は呪い関係は苦手なんだ。それにな、皇帝なんて、この国で一番偉い御方なんだから、当然、私以外にお抱えの呪術師とかいるんだろう? 私を巻き込まずに、その人達に頼んだら良い」

「ああ、もちろん、大勢いるさ。新皇帝に近づきたい道士、仙人、呪術師……ごまんとな。だが、そいつらの誰かに龍仙珠が下賜されてしまうのは、俺も心苦しいし、お前だって嫌だろ?」

「霄。あんた?」


 ――心……苦しいのか?


(私のために、心を痛めてくれて、ありがとう。……なんて、なるはずないのに)


 善意溢れる提案にすり替わっているけれど、元はと言えば、すべて霄のせいなのだ。

 ――けど。

 逆に、ここまで霄が私に拘るということは、何か尋常ではない、裏の事情があるということなのだろうか?


(……分からないな。皇帝に脅されているとか?)


 私は香ばしい饅頭の匂いに抗えず、大口でかぶりつきながら、神妙な面持ちで言い放ったのだった。


「……霄、一つだけ宣言しておく。龍仙珠は、他の方法で、私が陛下の手から取り戻す。瘴気を消せだなんて、私のような仮初仙女には無理だ。天地が引っくり返っても、私は引き受けないからな!」

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