第10話 新たな登場人物

「春天殿。貴方のことは以前から知っておりました。いつかちゃんと話してみたいと思っていたのですよ」

「はあ」


 格好は役人そのもの。

 威圧的だが、存外腰の低い人らしい。

 にっこり微笑みかけてくるさまに、嫌味はまったくなかった。

 ……しかし。


「以前からって?」

「ああ、霄さまから、貴方のことは、よく話に聞いていたので」

「なる……ほど。それは光栄でございます……わ?」

「いや、今は言葉遣いなんて、気にしなくていいから」


 霄が淡白に言いながら、取り皿に饅頭を乗せて、私の前に置いた。


「俺と緑雨の前では気取らなくていい。どうせ、嵌められたとか、思っているんだろうしな?」

「あのなあ。これが嵌めたんじゃないってことなら、一体何なんだ?」

「それは……」


 言いにくそうに、緑雨さんが霄を一瞥する。

 彼は頬をかきながら……。


「……そうだな。今回はあくまで「提案の場」ということかな」


 適当なことを抜かしてきた。


「提案? 盗人猛々しいとはこのことだな」

「お前さ、今、話したばかりだろう。俺は陛下のお傍に仕えることのできる身分にまでなっているんだぞ。その俺を盗人扱いするのは世界広しと言えど、お前くらいだぞ?」

「それがどうした? 盗人に上も下もないだろう」

「あ、あの……」


 私の怒りが弾ける前に、何かを察した緑雨さんが慌てて口を開いた。


「この方が言わんとしていることはですね……。貴方が持っていた龍仙珠は、とっくに皇帝陛下に献上してしまい、今手元にはない。そういうことなので、もし龍仙珠を取り戻したいと思うのなら、自分ではなく、陛下と交渉してみたらどうか……という提案だと思われます」

「すいません。緑雨さん。私には意味が分かりません」


 挙手して訴えると、緑雨さんではなく、霄が口を挟んできた。


「お前、自分の国のことなのに、疎いからな。俺が龍仙珠を苦肉の策でお前から拝借したのは、国のためだと言っただろう?」

「そんなことを言っていたかもしれないが、私にはどうでもいい」

「まあ、最後まで聞け。一年程前、本来後継でなかった第七皇子が、他の兄弟を蹴散らして、兄である「皇帝」に武力をもって譲位を迫り、ころっと玉座に収まったことは知っているだろう?」

「新皇帝が立ったことは知っているけど、七番目ってことは知らなかったな。二番か、三番目かと思っていた」

「新皇帝が独身だってことは?」

「へえ。まだ独身なのか……。女より、男の方が好きなのかな?」

「本当に、どうでもいいんだな。世間知らずが異常域だぞ。お前」


 そう言いながら、大きな饅頭を二口で食べてしまった霄も異常ではないか。


「陛下は、皇帝になる前は片田舎の刺史ししだった。刺史っていう役職については、知っているか?」

「莫迦にしないでくれ。さすがに刺史は知っている。州で一番偉い人のことだろう?」

「……言い方はともかく、大雑把に言えば、州の中の偉い人だな。……で、そういう境遇で、中央のことなんて、ほとんど知らない皇帝は、むしろ、華やかなことが苦手でな。質素倹約を掲げ、首都は今まで通り「清白せいはく」。宮城も先代皇帝の使い古し。妃嬪たちが暮らす生活の場である後宮「月凰宮げつおうきゅう」も、特に自分の妃を迎えることもなく、そのままにした。……が気が付いたら、後宮は瘴気渦巻く危険な場所と化していたんだ」

「……瘴気?」


 一度だけ、戦の跡地で目にしたことがある。

 負の念が黒い煙として、視覚できてくらいに成長したものだ。

 瘴気が発生するともなると、よほどのことなのだが……。


「そうです。おぞましい瘴気が後宮内に発生していたのですよ。春天殿」


 霄の言葉を引き継ぐ形で、緑雨が身を乗り出して、説明してくれた。

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