第9話 飯屋にて、またしても嵌められる

「……それにしても、州都、北蓮は夜も賑やかでいいな。南の紅州は異民族と小競り合いもあったりして、荒れ果てていたからな。夜の酒場も機能していなかった」

「話を誤魔化すな。エセ軍人」

「はいはい。どうせ俺はエセだよ」


 一度、霄とはきちんと話をしなければならないと思っていたので、話し合いの場が出来たのは、ありがたいのだが、強引なのは癇に障る。

 つい、怒りのままに言葉が溢れてしまった。


「霄。盗人の次は盗み見、仕事を妨害、あげくに誘拐? 犯罪歴が順調に増えているが、一体、あんたは私で何がしたいんだ?」

「何がしたいって、売れっ子占術師なら、分かって当然だよな?」

「今、私に分かっていることは、このままでいると、明らかに御門が閉まるってくらいだが? 話があるのなら、往来のど真ん中でも良かったはずだ」

「一言、二言、挨拶のように話せる内容ではないんだよ」


 よほど機密性の高い話をしたいのだろうか?

 高級飯店は、半個室になっていて、回りの雑音が一切遮断されていた。

 こういう堅苦しい場所は、庶民の私には敷居が高すぎて、居心地が悪いのだ。


「じゃあ、早く本題に……」

「……と、その前に」


 ぎろっと鋭い切れ長の瞳で睨まれて、私は本能的に身を竦めた。


「まさかと思うが、ここからあの辺鄙なところにある庵まで、一人でその格好でのこのこ歩いて帰っていたんじゃないだろうな?」

「それの何が悪いんだ?」

「……お前って奴は。そんな話、俺は聞いてなかった」

「そりゃあ、話してないからな」

「そうだったな。……はあ」


 額に手を当てて、霄がしきりに首を横に振っている。

 どうして、私はこの男に呆れられてしまうのだろう?


(私が変なのか?)


 そうして、霄は最近癖になってい長い溜息を吐くと、丁度、給仕が運んできたばかりの温かい茶を口に運んだ。

 更に、ついでとばかりに、給仕に食べきれないほどの豪華料理を注文している。

 饅頭を山盛りに、三人前の餃子と、魚の照り焼きと羊肉の羹。

 明らかに、満腹になるものばかりだ。

 とても一人分とは思えない。


「あんた、大食い競争にでも出るつもりなのか? 私は食事なんていらないよ」

「痩せ我慢はよせ。愛想の良い占術師なんかに化けてたから、疲れて、腹減っているんだろ?」

「そんなことは……ない」

「あるくせに……。誕生日の祝いだって、まだなんだから、ここは素直に俺の金に甘えておけばいいんだ」

「ふん。史上最悪な誕生日祝いなら、あんたからすでにもらったぞ。もういいだろう? 私は帰る」


 わざと、ぷっくり頬を膨らませた私は、不機嫌全開で勢いよく席を立ったのだが……。

 ――しかし。


「その手の駆け引きは無駄だ。お前の企みそうなことくらい、分かっている」


 あっさり、霄に不機嫌なフリをしていることを、見破られてしまった。


「喧嘩別れと見せかけて、お前は俺の居所を「仙術」使って探索したいんだろう? 仮初仙女でも、それくらい出来るって……前々から、しつこく自慢していたじゃないか?」


 ――ああ。

 昔の自分を殴ってやりたい。

 やはり、私の手持ちの札は、この男にバレバレなのだ。


(霊符を使って、コイツの後を追って居場所を確かめようと思ったのに)


 だって、用心深い霄が仙龍珠を持って、私と接触するはずがないと思ったから。

 でも、そんな私の浅はかな考えなんて、この男にはすぐ察しがついてしまったのだ。


「言っただろう。皇帝陛下の思し召しだって。龍仙珠は俺の手を離れて、陛下のところに行ってしまったんだ。お前が躍起に探したところで、行きつくところは宮城しかない」

「どうして、皇帝陛下なんて国一番の偉い人に、龍仙珠が行きついたんだよ? 嘘も大概に……」

「俺が渡したんだ」

「は!?」

「出世した俺は、陛下の御前で直言が許される身分になったわけだ」

「それは良かったな。……て、私は良くないんだが?」


 おかしい。

 こんなに、私が怒っているのに、耳栓でもしているのだろうか?

 霄は涼しい顔のままだった。

 私の剣幕にたじろぎもせず、彼は再び茶を口に運ぶと、充分な間を置いてから、更に恐ろしいことを告げてきたのだった。


「春天。お前は気付かなかったのか? 今、俺が頼んだ料理は二人分じゃない。三人分だぞ」

「へっ?」


 ハッとして、腰を浮かせた時には、遅かった。


「失礼いたします」


 まるで、計ったように、撫で肩の痩せた男が私と霄の間に、ぬっと現れたのだった。

 髪を一つに高く括っている霄とは違い、しっかりと頭巾に纏めていて、実直そうな外見の男。


「えっ……と?」


 不安定な姿勢のままだった私は、バツ悪く再び椅子に座るしかなかった。


「この者は、皇帝陛下の側近、そん 緑雨りょくうだ」

「はじめまして。春天殿」

「は、はじめ……まして?」


 どこから、こんな高貴な御仁が沸いたのだろう。

 ――いや。


(……私、また嵌められたんじゃないか?)


 霄の奴、私が逃れられないように、第三者を介入させてきたのだ。

 しかも、男の登場を待っていたかのように運び込まれる大量のほかほか饅頭。

 緑雨は私の向かい側の席に就いていた。

 一見して、生きている世界が違うと言わんばかりの上質な丸襟の袍衫。

 色は紫。確か雲の上の人しか身につけることが出来ない高貴な色のはずだ。

 しかも、束帯に使われている宝石は値の張る翡翠に違いない。


(現実なのか。これ?)


 霄がそれなりの地位にいるということは聞いていたが、ここまで高位だったなんて、想像もしたことがなかった。

 何せ、霄といったら、ちょっとお洒落な街の兄ちゃんのような飾り気のない対襟の長袍姿。

 今だって一方的に紹介しておいて、緊張した素振りもなく、まったりと円卓の上に頬杖をついている。

 霄が何も言わないことで、貴人が気を利かせて、私に話しかけてくれた。

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