第5話 (仮)仙女は、姉キャラ占術師で稼ぐ

 私は十七歳になったら、普通に「桃花源」に行くものだと思い込んでいたのだ。

 これは決定事項で……。

 まさか、その直前に友人に裏切られて、龍仙珠を強奪されるなんて、夢にも思っていなかったのだ。


迂闊うかつだった)


 有り金は綺麗さっぱり使っていたし、食べ物だって残したら不味いと思ったから、食べ尽くしていた。

 手持ちの持ち物は潔く処分して、田畑に実った作物も早々に収穫して、売り飛ばしてしまったのだ。

 近くに小川があるから、水は不自由しないし、食べられる草花も知っているから、飢えをしのぐことくらいは出来るけれど、でも……出来ることなら、味のあるモノが食べたいし、いざとなった時の日用品を買う為に多少まとまった金が必要だ。

 あのまま、霄を追いかけても良かったが……。


(あいつの居場所なんて、そもそも、知らないし)


 高位の武官としか聞いてないし、霄なんていかにも偽名だろうし……。

 あいつのことについて、私はあまりにも知らな過ぎたのだ。


(奴は……想像以上に危険だった)


 ――しかも、翌々日。

 霄はこんな別れ方をしたにも関わらず、荷馬車一杯の食べ物と両手で受け取れないくらいの金子を寄越したのだった。


(あいつ、正気か?)


 しかし、よくよく考えてみれば、いかにも、霄の考えそうなことだった。 

 私に過分な食べ物や金子を与えることで、龍仙珠を買い取ったということにしたいのだろう。


(とことん、悪党だったんだな)


 当然、私はそれらを突き返した。


(盗人からの施しなど、受けてたまるか)


 龍仙珠は、絶対に取り返してやる。

 そのためにも、霄の居所を是が非でも知っておきたいのだが……。


 ――無理だった。


(まったく、霄の奴。従者の一人でも寄越してくれたら、そこから居場所を探索することができたのに。私のご近所さんを使って食糧を届けさせるんだもの。足跡辿れないじゃんか。腹立つなあ)


 味方である時は気付かなかったが、敵に回すとこんなにも厄介な奴だったのか。


(うーん。しかし)


 誠実な人なのだ……と、昔、霄のことを姉ちゃんが話していた。

 私は主観が入りこむと駄目になるけれど、姉ちゃんの人を見る目は確かだった。

 確かに、悪い奴には見えなかったんだけど……。


(霄なりに、龍仙珠を盗らなければならない抜き差しならない事情があったのだろうか?)


 なんて……。

 いちいち考えたところで、ひもじさは消えない。


(……お腹へった)


 まったく手元に金がないとなると、早々に金を稼ぐ必要性が出てくる。

 現実というのは、厳しいものだ。

 落ちこむ時間すら与えてくれない。

 そういうことで、私は心底気が進まなかったのだが、姉ちゃんが残して行った女物の衣裳を纏って、私の暮らしているげん州の都・北蓮ほくれんに出稼ぎに出ることにしたのだった。

 (仮)仙女が手っ取り早く稼げるとしたら、出来ることは限られている。


 ――「占い」だった。


 お手製の「霊符」は怪しまれるので、あまり売れないし、紙も高価なので、書けば書くだけ金がかかるだけで、損になる可能性が高い。

 だが、占いに関しては抵抗がない者が多く、特に女性は恋愛に関して占いをすることに積極的なので、腕さえ良ければ、手っ取り早く相応の収入を得ることができるのだ。

 いなくなってしまった姉ちゃんも、かつては売れっ子占術師だった。


『いい? 春ちゃん。一流の占術師は外見も言葉遣いも、とっても大切なの。経験豊かでどんとしている人にこそ、人生相談したいでしょ。だから、ちょっと厚めの化粧で大人の対応を心掛けるのよ。占い結果も重要だけど、まずはそこからなの』


 柔らかい茶色の髪に、くりくりと大きな瞳。口元の色っぽい黒子。

 この仕事は綺麗で女性らしい姉ちゃんには、とてもよく合っていたと思う。

 だからこそ、私は手を出したくない分野だったのに……。


「あー。気が進まない。けど、私ってなぜか嫌なことほど、出来てしまうんだよな。一体、何の因果なのか……」


 ――なぜか、繁盛してしまった。


「春天先生! お客様がお見えになっていますわよ」

「うはーい。準備万端です……わよ」


 オホホと、優雅というより、壊れた笑い声を轟かせながら、私は筮竹を扇のように広げた。

 元々知り合いだった茶房の片隅で、場所代を払ってしていたことだが、下手に人気が出てしまったので、そろそろ営業妨害だと叱られていまいそうだ。


(こうなったら、何処かに場所を借りるか?)


 しかし、そうなってしまったら、もはや私は仙女なんかではなく、普通に占術師ではないか……。

 この仕事はあくまで急場しのぎでしているだけであって、いつまでもこんなお高く止まった姉さん像を演じているのは苦痛なのだが……。

 ――と、仕事用の微笑とは別に、上の空で考え事をしていたら……。


「先生、私はどうしても、あの人がいいんですっ!!」


(激しい)


 私と会った瞬間、娘が泣き崩れたのだった。

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