第4話 友人は盗人でした(人生最低最悪の誕生日)

「どうやら、お前の話は本当に本当らしいな」


 掠れ声で、霄が呟いた。

 相変わらずの無表情だが、彼なりに動揺しているようだ。


「疑っていたのか?」

「いや、そういう類のものが跋扈ばっこしているのは、俺とて身に染みて知っているが、桃花源に関しては無知だった」

「じゃあ、この分野では私が先生だな」


 ふふんと、私は得意げになって、祠の奥にちょこんと鎮座していた掌大の丸い玉を手に取った。


「それが龍仙珠?」

「そうだよ。ほら」


 私が茜色の空に珠をかざすと、珠の中心に、今まで見えなかった白龍の姿がはっきりと映し出された。


「なるほど。名前のとおり、龍がいるな」


 ――ごくり。

 霄が息を呑んだ。


(こんなに霄が感情を露わにするなんて、初めてだ) 


 滅多に見ることの出来ない光景に、私もつい饒舌になってしまった。


「桃花源にはこれを使うか、龍穴を通るかのいずれかの方法で行けるらしいよ。便利な珠だろう?」

「以前、願い事を叶えてくれる宝珠だって、耳にしたことがあったが……」

「まさか……。そこまで万能ではないけれど、現世ここで使う場合は、魔除け効果があるらしいな。仙人のおっさん曰く、ここに龍が封じられていて、それが家の守り神になってくれたりするそうだ。長らく祠に置いていたのは、体力を消費したから、回復のためだって。……て?」


 ――……近い。

 霄が身を屈めて、私の肩に顔を乗せるようにして、手中の龍仙珠を凝視している。


「な、何?」

「いや、使えるかなあ……って」

「何に?」

「春天。お前だって、さっき言っていたよな。俺に国を変えろとかどうとか」

「ああ。気張って変えてくれたらいいなってことで……」

「今、この国は新皇帝が即位して混乱の最中だ。そして、俺はこの国に仕えている」

「……それは聞いているけど?」

「色々あってな。これ、魔除けに使えるかなって」


 ――使える?


「どういう意味?」

采華さいか全体で使えないかなって?」

「……采華?」

「お前が住んでいる国のことだが?」

「そんなことは、分かっている」


 聞き違いか?

 真顔で、えげつないことを口走っている人がすぐ隣にいるんだけど?


「莫迦言え。使えるはずないだろ。これは私の……」

「だが、魔除け効果があるって、今、お前が言ったじゃないか?」

「たかが、魔除けだ」

「でも、魔除けだ」

「だとしても! これは私の……!」

「別にもう桃花源なんて、行かなくてもいいだろ」

「はあ!?」


 待て。

 ここまで来て、何をはちゃめちゃなことを言っているんだ。

 しかし、霄は端から龍仙珠を盗るつもりだったらしい。

 武官の彼が本気を出したら、非力な私が敵うはずもないのだ。


(基本、仙人は戦闘なんて非効率的なものはしないんだよ)


 霄は職業スリかと疑うくらい、あっという間に私の手中から、珠を奪い去っていった。


「お前の大切な宝物だ。有意義に使わせてもらおう」

「ふざけるな。返せ!」

「やだ」

「何で? 私の邪魔はしないって言ったじゃないか!?」

「邪魔はしていない。この珠を借りるだけだ」

「それを邪魔って言うんだ!」


 足場の悪い山頂で、揉み合う二人。

 私が態勢を崩して、尻餅をつくと、申し訳なさそうに霄が手を差しだしてきた。


「おい、大丈夫か。春天?」

「気安く名前呼ぶな。大丈夫なはずがないだろう! 返せ。盗人!」

「なあ、そんな目くじら立てるなよ。春天。俺はただ、お前のことが…………」

「莫迦にしていたんだろう。私のこと……。最初から盗るつもりだったんだ? 友達だと思っていたのに、こんな……極悪盗人ヤローだったなんて! 呪ってやる! 化けて出てやる! 毎日、禿げになる呪いをかけて、えーっと、それから……」

「ずいぶん、可愛い呪いだな。……まったく」


 はあ……と、私の頭上で霄か盛大な溜息を吐き捨てた。


(酷い)


 被害者は私なのに、どうして呆れ顔でこの男に見下ろされなければならないのか? 


「春天は、山には慣れているんだったな」

「……は?」

「じゃ、また」


 彼はそう言うと、何処に力を温存していたのか、恐るべき速さで下山してしまったのだった。


「また……だと?」


 二度目があってたまるか、この野郎……。


(何度も登山していた私がまるで追いつけないなんて……)


 しかも、私がいつも懐に忍ばせていた霊符すらない。


(あいつ、いつの間に?)


 霊符がなければ、霄を追うことすらできない。

 一体、何て奴なのだ。


(……私の手の内を読んでいる) 


 結局、私は偶然通りかかった仙人修行者用に山小屋を営んでいる老人のところで、一泊厄介になることになって、翌朝一人ぼっちでとぼとぼと下山したのだった。


 ――ああ、思い返したくもない。


 それは、私の最低最悪の十七歳の誕生日だった。

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