第3話 本当に、桃花源に行くのか?

(確かに、一人で黙々と歩くより、友達と一緒にいる方が楽しいよな)

 

 道中、仙人を目指す白装束の男性と擦れ違ったり、修行の滝を眺めたり、物見遊山と化してしまったが、霄と一緒の道程は未知の発見が幾つもあって面白かった。

 特に霄はこの国「采華さいか」のことや外国のことについて博学で、知識の引き出しが多いので、話を聞いていて飽きることがない。

 山道を歩きながら、私が例によって霄の話に瞳を輝かせていると……。


「お前、俺が他国に行った時の話だけは、ちゃんと聞いているよな?」


 感慨深げに、霄が言った。


「ああ、だって、知らない場所のことは興味深いからな。他国のことはもっと聞きたいって思うよ。それに、他の仙道の修行場……天山五壺についても。行ってみたいと思ってはいたんだ」

「だったら、それこそ、天山五壺をすべて網羅してみたらいい。現世ここにいれば、そういうことも出来るだろ」

「あー……それは、いいや」

「何で?」


 後ろを歩いている霄が狼狽えているような気がしたが、事実なので仕方ない。


「決めたことだからな。私は仙人のおっさんから、龍仙珠を託された。せっかく、行き方を知っているのに、行かないなんて損じゃないか?」

「しかし、なにも十七歳で行かなくったって」

「年老いて行ったところで、楽しくないし」

「でも、たいした修行もしてないのに、本当にそんな楽園に行けるのか分からないだろう? 天桂山で出会った仙道の修行者たちは、桃花源なんて行けやしない。桃花源に行くつもりで死んじまったら、どうするんだ?」

「まっ、それは運だな」

「何が「運」だよ? そんなこと俺は聞いてないぞ」

「もちろん、話してないからな。……だけど、私は偶然本物の仙人に会って、直接指導してもらえた。姉ちゃんほどじゃないけど、筋はいいって、おっさんも誉めてくれたんだ。運は良い方だから、きっと行けるだろう」

「ふーん。しかし、お前って仙女って自称している割には、効果があるんだかないんだか分からない霊符れいふを書くくらいしか、出来ないじゃないか?」

「霄。あんたは私に喧嘩を売りたくて、ここまで、ついて来たのか?」

「本当のことだろう? 大体、お前は心願成就の符を書いて欲しいと頼んだのに、安産の符を書いて寄越した前科があるじゃないか。お前の姉ちゃんが指摘しなかったら、俺はずっとそれを心願成就の符と信じて、懐に忍ばせていたはずだ」

「それは……まあ、将来あんたの奥さんが安産であるようにという尊い願いが……」

「はっ。そんなそそっかしくて、一人で桃花源なんかに行って、何とかなるものなのか?」

「何だよ。一人で行っちゃ駄目だって言うのか? 今更、おかしなことばかり訊いたり、言ったり……。絶対、変だぞ。霄?」

「俺だって、後悔したくないから、色々言っているんだよ」

「後悔? 何だかよく分からないことばかり言う」


 何事か考えている霄に合わせるつもりもない私は、ずんずんと前を進んだ。


「ほら、そろそろ山頂だ。空気が薄くなる。会話は必要最低限の方がいい」

「………分かった」


 霄は大人しく頷いて、その通りになった。

 二人で黙々と登っていく中で、霄が深刻な表情を浮かべていたが、その時の私は高山特有の酸欠状態なんじゃないかって、違う心配をしていた。


「あんたも体調悪そうだし、素早く儀式を終えてしまおう」

「いや、俺はまったく体調悪くないんだが」

「強がらなくていいよ。すぐ終わるはずだ。もう着いたからな」


 岩がごろごろと転がっている足場の悪い道を、慎重に登っていくと、見晴らしの良い開けた場所に出た。

 もう登る場所は何処にもない。

 向かい側の山肌に真っ赤な夕陽が落ちていくのが見えていた。

 現世最後に相応しい、最高に美しい夕景だった。


「天桂山の頂きだ」


 私は後ろに続いていた霄の方を見て、微笑みかけた。


「凄いな。霄は初登山だったのに、思った以上に早く着いた」

「そんなことはどうでもいい」

「何だよ。あんたのこと誉めているんだぞ」

「お前が言っていたのは、あの祠か?」


 汗を袖口で拭いながら、真顔で霄が指差した。

 沈んでいく日の残光を背にして、小さな祠が建っている。

 石造りの今にも朽ち果てそうな祠は、見た目は何処の山頂にも存在している「山神」を祀っているものと変わらない形状をしているが……。


「あんなところに、龍仙珠があるのか? 目立ち過ぎだと思うが」

「あるよ。まあ、おっちゃんが結界を張っているから、部外者は手に取ることも出来ないだろうけど」


 祠に近づくと、私は仙人のおっさんから聞いた呪文を唱えた。


天地晦明てんちかいめい 陰陽四時いんようしじ


 ――すると。

 ごごごっと、石と石が擦れる音が轟いて、祠の扉が自動で開いたのだった。

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