第2話 友人が桃花源行きを見学したいらしい

「霄。あんたには色々と世話になったし、ちゃんと礼は言っておきたいと思っていたから、ここで会えて良かったよ。今まで助けてくれてありがとな」

「……春天。本当に今日行くのか?」

「行くけど?」

「せっかくの誕生日じゃないか。せめて今日くらい、州都の美味い店で、たらふく食べたらいいんじゃないのか? 俺が馳走してやるぞ」


 霄が懐から厚い巾着を取り出した。

 その中に、目が飛び出るほど沢山の金子が入っていることを、私は知っている。

 いつもなら、その甘言につられて、この男について行ってしまうのだが……。


「いや、やめておく。誕生日はあっちで祝うさ。だって、桃花源では無料で食べ放題なんだからな」

「……そう」


 ――やっぱり、駄目か……とか。

 そんな台詞を霄が呟いていたようだったが、意味が分からない。


(何かやけに、霄がしんみりしているな)


 彼は私にとって、唯一の友だ。

 基本的に毒舌だが、根は優しい男だ。

 霄なりに私との別れを惜しんでくれているのかもしれない。


「あのさ、霄。あんたは頭も良いし、顔も良いし、多分、強いし……」

「多分って、何だよ?」

「だから、出世して、この国をいい感じに変えておくれよ。私は桃花源に行っても、あんたのことを見守っている……と思う」

「……思う?」

「行ってみなきゃ、分からないからな」

「それはそうだ」

「この庵にあるものなら、好きに使ってくれて構わないからな。可愛い嫁さんもらって、幸せになってくれよ」


 鞄を肩に引っ掛けて、私は彼に手を振った。


「達者でな」


 そのまま霄の前を通り過ぎて行こうとする。

 彼は、黙然と私を見つめていた。

 怜悧な漆黒の瞳に、一つに高く結った黒髪。

 武人だと名乗っている割には、中性的な面持ちで、線が細くて華奢な身体をしている。

 モテるだろうな……と、何度か思ったが、ついに訊くことはなかった。

 それで良かったと思う。

 今生の別れとはいえ、湿っぽいのは、私の柄ではないのだ。

 明るく、さらっと「さよなら」をしたかった。


 ――それなのに。


「待て、春天。お前は一人で天桂山に登るつもりか?」


 今更な質問を彼はぶっこんできたのだった。


「へ?」


 私は、小首を傾げながら答えた。


「もちろん。私は天桂山には何度も一人で登っている。あんただって知っているはずだ。それに、龍仙珠は仙人のジイサンが天桂山の頂きに置いて行ったんだ。あれを回収して、天桂山の頂上で儀式を行わないと、桃花源には行けないんだよ」

「…………そうか」

「何、その沈黙?」

「じゃあ、俺も行く」

「はあっ!?」


 どうして、急にそんな……。

 ちょっとそこまで見送るよ……みたいな、気安い言葉を発してきたのか?


「霄。なんか、色々おかしいんだけど?」

「何がおかしいんだ? ほら、そうと決まったら、日が暮れる前にとっとと行こうぜ」


 しかし、霄は決定事項とばかりに、きびすを返して、颯爽と庵から出て行ってしまった。


(本気なのか?)


 半信半疑、私が庵の外に出ると、遅いとばかりに霄が待っている。


 ――本気のようだった。


「やっぱり、おかしいよ。何で、あんたも来るんだ?」

「気になるから……。お前が桃花源にどうやって行くのか、見てみたい。見送る人間がいることは、いけないことなのか?」

「別にいけないってわけじゃないけど……」

「だったら、決まりだ。別に邪魔はしない。ほら、最後だろ? 俺とお前の仲だ。しっかり、お別れくらいさせてくれても良いじゃないか」

「うーん。でも、天桂山は並みの山じゃないし、登山は丸一日かかる。忙しいあんたにそんな時間作れるのか?」

「大丈夫だ。たまには、休暇くらい取らせろって、臣には脅しをかけてきたから」

「それならいいけど? ……て、いやいや。駄目じゃないか? 臣が可哀想だ」

「大丈夫だ。問題ない」


 どうなのだろう? 

 怪しい。


(けど。……まあ、いいか)


 考えるだけ時間の無駄だ。

 見世物になるのは嫌だが、霄は私の「友人」なのだ。

 彼の言う通り、別れを惜しむ時間がもう少しあっても良いではないか?


「いいよ。じゃあ、二人分、食べ物と飲み物を用意しよう。あんたには今まで美味いもん、たらふく食べさせてもらったことだしな」


 そうと決まったら、私の行動も早かった。

 私は霄の分も含めて登山の準備をし直して、二人で天桂山を目指したのだった。

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