(仮)仙女は、桃花源に行けない ~不器用皇帝は、溺愛するにも苦労する~

真白清礼

一章 (仮)仙女は、桃花源に行けない

第1話 運命の誕生日、私は桃花源に行く

 頂きは、天にも届くと云われている霊峰・天桂てんけい山。

 ここは、采華さいか国において天上五壺てんじょうごこと呼ばれている神仙道の北方の聖地で、数多くの仙人志願者が修業に明け暮れている場所だった。

 私はとう 春天しゅんてんと言う名前らしい。

 両親の記憶はなくて、私を育ててくれた姉ちゃんがそう名乗れと言ったから、そういうことにしている。

 私の暮らす小さな庵は、天桂山の麓に広がる竹林の奥にあった。

 幼い頃、戦で私の住む集落が焼かれてしまい、姉ちゃんと二人、この地に逃れてきた。

 その姉ちゃんも三年前にいなくなってしまったが、私は一人でこの地に留まっている。

 若い女の一人暮らしは、色々と大変だったけれど……。

 その苦労もようやく終わろうとしていた。


「ついに、この時が来たあっ!」


 はしたないと分かっていても、叫ばずにはいられないし、にやにやが止まらない。

 この日のために、用意した一張羅。

 これから山登りするので、男物の長袍姿ではあるけれど、それでも、良質な生地を求めて、わざわざ州都まで出向いたのだ。


(完璧だ)


 衣は発色の良い藍色。

 髪を包む巾も、藍色の布で自作した。


 ――あとは行動に移すのみ。


 待ちに待った……私の十七年目の誕生日。

 いよいよ、私は念願の本物の「仙女」になるのだ。


桃花源とうかげんか。どんな処なんだろ? くくくっ」


 幼い頃、仙人のおっさんから貰った「龍仙珠りゅうせんじゅ」。

 その珠を通じて昇仙して、天界と幽界の狭間の楽園……桃花源に行くのが私の夢だった。

 それが、あともう少しで叶う。


「いやあ、長かった」


(あのおっさん、私に限っては童女の昇山は駄目だって言うから、こんな年齢になるまで、耐え忍んで、生きてきたんだ)


 ――苦節七年。


 身長はあまり伸びなくて、童顔でお子様体型だけど、十七歳であることには違いない。

 私は普段使用している斜め掛けのお手製鞄に、天桂山道中で食べる握り飯と、川で汲んだ清水を詰めた竹筒を放り込んだ。


「楽しみだな。不老長寿に食べ放題、飲み放題。何より「平和」! これが一番だよね。姉ちゃん、私は桃花源で立派な仙女になるからね!」


 歓喜の雄叫びを上げながら、育ての姉ちゃんに向かって、合掌していると……。


「……いや、お前の姉ちゃん、死んじゃいないだろ?」


 頼んでいないのに、冷静な答えが返ってきた。


「あれ? 何で、あんた?」


 恐る恐る振り返ると……。

 私の予想通り、役人らしい円領の袍姿の美丈夫が身を屈めて、麻を編んで作ったお手製入口のすぐ横に立っていた。

 友人のしょうだ。

 詳しい身元は知らないが、私より少し年上らしい霄は、この国の武官で、それなりに偉い立場にいるらしい。

 姉ちゃんがいた頃から、たまに手が空くと、ふらっと庵を訪ねてきて、珍しい食べ物を大量に差し入れしてくれる気の良い友人だった。

 姉ちゃんがいなくなった後は、私のことを心配して、ちょくちょく顔を出すようになってくれた。

 世間的に浮いている私を、普通に扱ってくれる貴重な男で悪い奴ではない。

 ……そのはずなんだけど。


(それにしたって、なぜ今日この時に?)


「どうした、霄? 内乱もどきを制圧しに、こう州に行っていたんじゃなかったのか?」

「そのもどきは終わった。丁度、今日がお前の十七歳の誕生日だって気づいたからな」

「わざわざ、祝いになんて来たのか?」

「十七歳に桃花源に行くって、言っていたじゃないか?」

「ああ、そうか。あんたには話していたんだったけな」


 私はバツ悪く、肩を竦めた。

 いずれ桃花源に行くと言う話は、誰彼問わずに話していた私だが、出立日は内緒にしていたのだ。

 しかし、霄にだけ、なぜか漏らしてしまった。

 確か、猛吹雪の日だった。

 あまりの寒さに度数の高い酒を飲んで身体を温めようとしたら、酔っ払ってしまい、この男にうっかり話してしまったのだ。


(記憶がないだけに、怖いんだけどな)


 後々、それを霄から聞いて、私は自分の酒癖の悪さに青ざめたものだ。

 ……まあ、でも、話してしまったのなら仕方ない。

 仙人のおっさんからは、特に他言無用とは言伝されていないのだから、今回の桃花源行きに支障は出ないはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る