第1話 

 A先生は、いつも笑っているように見えた。新任の先生で、皆に優しく、とても人気のある良い先生だ。A先生の周りには、いつも人がいっぱいいて、私は先生にどうしても話しかけられない。

 でも、ある日。確か、私が学校から帰る時だった。

「なんの本読んでるん?」

 たまたま通りかかったA先生が、私に訊いた。私はびっくりして、言葉に詰まる。そこで私は、ブックカバーを外して、先生に見せた。

「へぇ、面白い?」

「はい」

 頷くと、A先生は、

「読んでみるわ。じゃ、またねー」

 いつも廊下でしているような笑顔を見せた。その時、私は少しどきっとしたのを覚えている。A先生と話した(本当に少し)後、いつもより足取りが軽い。あの笑顔に照らされて、私は元気になれたんだと思った。


 次の日、私は休む予定だった学校に行った。それは、なんの紛れもなく、A先生に会うためだった。放課後に話しかけよう、と意気込むだけで、六時間の授業などへっちゃら。私は不思議な気持ちになった。

 そして放課後、私は人が群がるA先生のもとに足を運んだ。図々しいと思われたらどうしようかな、と不安になったけど、振り切って行動した。でも、いざ話しかけるとなると、私の足はすくんだ。あんなに大勢の前で、声を出せるはずがないよ…! と私の中の私が叫んでいる。

 やっぱり、もう帰ろう。

 少し様子を見ていても、A先生の周りにいる生徒たちが離れそうにはない。そう思って、私は下足に行こうとした。あぁ、今日、来なきゃよかったと思った。

「岩里さん、またねー、また明日」

 A先生の声だった。丁度横を通り過ぎる時に、かすかに聞こえた。でも、後ろで聞こえていたA先生の周りにいる子たちの声が、しんと静まったのがわかる。

 私は、振り返れなかった。視線が私の背中に刺さっていることは、見なくてもわかったから。

 奥の階段を降りようとしていたのを、すぐ手前の中央階段を降りた。あの子たちの視界に入らない場所に着くと、一気に力が抜ける。

 ちょっと、A先生。いつもとは違う恨みの味が広がった。恨みというにしては、かなり薄っぺらい。それは、内心、嬉しかったからか。私は妙に納得して、家に帰った。


そのまた次の日も、学校に…。臆病な私が行けるはずもなく。家で、小説をがむしゃらに書きまくった。でも、頭の隅…いや、ど真ん中に、A先生の存在が主張していた。あの、笑顔の日に当たれたらどれだけいいだろう。

 私は、そっと、自分を傷つけないように考えた。

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A先生 岩里 辿 @iwasatoten

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