楓ちゃんにマッサージしてもらいました
「じゃあ涼くん、うつ伏せでリラックスしてね」
もううつ伏せにはなっている。つい楓ちゃんの匂いをいっぱい摂取してしまったから。リラックスは……できるだろうか。癒し効果はすごいんだけどやっぱり緊張がヤバイ。特に男の一部はリラックスするなんて無理ゲーだった。
スッ……
「!」
うつ伏せに寝る俺の上に、楓ちゃんが跨ってきた。俺の尻に楓ちゃんの下半身の感触が……意識しないのは無理すぎて、楓ちゃんと接触してる部分が熱を帯びる。
「じゃあ、いくよ? ジッとしててね」
俺の背中に楓ちゃんの手のひらが乗せられる。なんてしなやかで柔らかい手なんだろう。
―――グッ!
「ぎゃああああああ!?!?!?」
楓ちゃんの親指が俺の背中をグッと押した瞬間、凄まじい激痛が襲って俺は悲鳴を上げてしまった。ピクピクと全身が痙攣する。
「あ、ごめん。痛かった? 最初は弱めにしたつもりだったんだけど……」
弱め!? これで!? ウソだろ!?
そうだった、楓ちゃんはすごく力が強いんだった。指一本でこの威力なのか……背中に穴が開くかと思った。とにかく痛かった。
「でも、痛かったってことは効いてるってことだよね」
そうなのか? そうかも……確かに痛いマッサージはあるけど……
「私頑張るからちょっとだけ我慢してね」
「えっ、ちょっ待っ……」
「大丈夫、さっきよりも弱くするから」
「ちょっと心の準備が……ぎぃああああああ!!!!!!」
さっきのより弱いのか? 十分強い気が……俺が100までしか耐えられないとして楓ちゃんは300を200にしたって感じじゃないか。どっちにしろ俺にはオーバーキルだ。
「なんだ涼くん、あまり凝ってないとか言ってたけどけっこう凝ってるじゃん」
マッサージされた経験とかほとんどないからな。雲母にマッサージしてもらったことは一度もないし。
「これはやりがいがあるね。私がじっくり解してあげるからね」
解されるというか、壊されそうなんだが……
「肩も腰も、じっくりと……」
グッ、グッ
「ああああああ!!!!!!」
楓ちゃんに丁寧にじっくりとマッサージされる。指圧される。揉み解される。それらは全部痛い。骨がボキボキいきそうになってる。
「待て、待ってくれ楓ちゃん! 死ぬ! 死ぬから!! ギブギブ!!」
「大丈夫、絶対効くから」
「何を根拠に!?」
「根拠は、私の愛だよ」
「なんだそれは!? ごめんダメだこれはダメだ!!」
楓ちゃんの愛ならなんでも受け入れられそうな気もしていたが、さすがにこれは無理だ。気持ちでなんとかなるレベルじゃない。
「大丈夫だから。私を信じて、お願い」
「……!!」
激痛のマッサージに苦しみながらも上から聞こえてくる優しくも真剣な声。
そんな真剣な声で信じてって言われたら信じるしかない。そうだ、俺はペットだからいつだって楓ちゃんを信じなければいけないんだ。
わかった、楓ちゃんを信じる。信じるけど……
「ぎゃああああああ」
信じるけど痛いものは痛い。ギブアップはしないと決めたけど悲鳴を上げるのを止められない。
初めて楓ちゃんの部屋を訪れた記念すべき日はちょっと苦い思い出になった。
―――
翌日の朝。楓ちゃんの最強マッサージを受けた結果はというと。
「身体が、軽い……!」
つい言葉が漏れてしまったほど、身体が軽かった。
今なら空を飛べるのではないかと錯覚するほど全身がスッキリ快調だった。
昨日の夜、マッサージが終わった後もしばらく痛みが続いてなかなか眠れなかったのに、不思議だ……
楓ちゃんのマッサージを信じてよかった。地獄の痛みだったけど本当に効いた。
「おはよう涼くん!」
「おはよう楓ちゃん」
「身体の調子はどう?」
「ああ、絶好調だよ。ありがとう楓ちゃん」
「よかったぁ~。初めてだったからちょっと心配だったけど上手くいってよかった」
「……え? マッサージ初めてだったの?」
「やだなぁ涼くん、中条グループのお嬢様な私が人にマッサージなんてするわけないじゃん。いや、お嬢様とか関係なく他の男にマッサージなんて絶対しないから。いや、男とか女とか関係なく絶対誰にもしない。
涼くんだからしたの。涼くんじゃなきゃ絶対しないよ」
俺はドキッとした。心臓の動きも今までより快調な気がした。
「でも昨日あんなに自信満々だったからてっきりやり慣れてるのかと思った。絶対効くって言ってたし」
「だからそれは私の愛だって言ったでしょ。私の愛の力なら必ず涼くんに通じるって確信してた」
めっちゃ愛って言うじゃん。照れとかないのか。楓ちゃんは真剣な表情でまっすぐ俺を見つめてくる。
俺だけが照れてデレデレしてタジタジしてなんか悔しい。
「涼くん」
ぎゅっ
「……っ! な、なんだ……?」
楓ちゃんに優しく手を握られる。
いつもは強く握られたり強引に引っ張り回されたりしてたもんだから、今回の優しく暖かみのある握り方がギャップがあってドキドキ感が跳ね上がる。
昨日も思ったけどやっぱり楓ちゃんの手、しなやかで柔らかい……小さくて白くて美しい。手のひらで直接感じる女の子の柔らかい手のひらの感触もまた、ドキドキ感をぶち上げた。
ヤバイ、手を握られただけで股間に血が流れ込んでいく。マッサージの効果で勃起力まで上がってる。股間も絶好調で制御の難易度が急上昇している。
「私……料理もマッサージも下手だし私には献身的な才能はないんだと思う。
でも涼くんには通じる……涼くんはわかってくれる。私の料理をおいしいって言ってくれるし、私のマッサージで元気になってくれたし。
やっぱり私たち、すごく相性がいいんだね」
安村涼馬と中条楓の相性が抜群説が、また補強されたらしい。
彼女の艶かしい微笑で見つめられる度、俺のすべてが狂おしいほど狂喜するのも相性の良さゆえだろうか。
「でもね涼くん、私はこんなんじゃまだまだ満足しないよ。
料理の腕ももっともっと上げたいし、効いたとはいえ私のマッサージで涼くんを苦しませてしまったのも反省しないといけない。
涼くんのためにもっともっと腕を上げて、次はもっと気持ちよくなってもらえるようなマッサージをしてあげたい」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫だぞ? 昨日のマッサージでも十分……」
「ダメ。私は涼くんのためならどんな努力も厭わない。涼くんが私のすべてなんだから」
……それがキミのすべてか……
キミの想いを知れば知るほど、俺は自分が許せなくなる。心がズキッと痛む。
俺は楓ちゃんのことは好きだけど、雲母のことも忘れられず、1人の女の子にすべてを捧げられない自分を呪った。
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