第8章…不在

ボランティア活動で不在になるようです




―――




 今日も学校が始まる。

今日は俺にとって重要な日かもしれない。昨日の全校集会で楓ちゃんが全身全霊でスピーチをした結果が今日わかる。


生徒たちから良く思われていない俺は、あのスピーチで少しは印象を改善できたのか、気になるところだ。

嫌われているなら嫌われているで仕方ないと思うが、ここで働くと決めたからには関係を良好にすることに越したことはない。


いつものように車に乗って登校し、楓ちゃんと一緒に校門をくぐる。



「おはようございます、中条会長!」


「おはようございます」



すれ違った生徒が楓ちゃんに挨拶をし、楓ちゃんも丁寧に頭を下げて挨拶を返す。

楓ちゃんは生徒会長だからな。生徒に挨拶をされるのも自然であろう。



「おはようございます、安村さん」


「!? お、おはっ……」



楓ちゃんのとなりを歩いていた俺にも挨拶をしてくれた。見知らぬ女子生徒が俺にも挨拶をしてくれた。楓ちゃんのついでとはいえ俺にも挨拶が来た。

俺はとっさのことで上手く挨拶を返せなかった。楓ちゃんはクスッと微笑む。



「昨日のスピーチで顔と名前を覚えてもらって、認めてくれた生徒もちゃんといるってこれで証明できたね、涼くん」


「あ、ああ……」


1人でも認めてくれた生徒がいるのならあのスピーチをやった意味はあった。俺にとってすごく恥ずかしくてほぼ公開処刑になってるところはあったが。


「他の女が涼くんを認知してるのちょっとムカつく気持ちもあるけど、まあ挨拶くらいは許してあげないとね。本当は涼くんを他の女の視界に入れることすらイヤなんだけど、もっと心を広くして成長しなきゃとは思ってるんだ」


「は、ははは……」


楓ちゃんの重さ炸裂。本当はイヤな気持ちもあるんだろうけど俺に職場を与えてくれた楓ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだ。



その後も楓ちゃんは多くの生徒と挨拶を交わし、その生徒の3割くらいは俺にも挨拶をしてくれた。

3割か、3割もの生徒が俺がこの学校に存在することを許してくれたのか。これは十分嬉しいことなのではないだろうか。



「あ、そうだ涼くん」


「ん?」


「今日は生徒会のボランティア活動があってね、午前中は校外に出かけるの」


「そうなのか」


「うん、だから私ちょっとの間だけ学校にいないんだけど、涼くんが1人でちゃんとやれるか心配で……」


「子どもじゃねぇんだから大丈夫だよ」


「何かあったらすぐに連絡して。すぐに駆けつけるから」


「いやだから大丈夫だって。俺のことは気にしないでボランティア活動頑張ってくれ」


楓ちゃんすごく心配そうにしてくれるけど、俺は一応社会人なんだぞ。わかってるのか。俺はこの学校に働きに来てるんだ。ペットとはいっても楓ちゃんに世話されるだけの存在ではない。




 そして楓ちゃんは教室に行き、俺は雑用の仕事を始める。今日は少しの間楓ちゃんが不在になるみたいだけど俺はいつも通りやることをやるだけだ。

俺が1人になってからも俺に挨拶をしてくれた生徒は何人かいて嬉しかった。



スタスタ……



なんか3人組の女子生徒がこっちに向かってきていた。知らない子たちだ。

その子たちは俺の前で立ち止まり、両手を合わせて頭を軽く下げた。


え、これって拝んでるのか!? 俺に拝んでいるのか!?


あ、そうか。楓ちゃんが全校集会で俺のことを神様とか言ってた。それで俺を神様と認識してる生徒もいるということか。

その子たちは拝んだ後何事もなかったかのようにスタスタと去っていった。


……女子高生に拝まれて、嬉しい気持ちもなくはないけど困惑の方が強い。

その後も俺に拝む生徒たちは少数ではあるが何人かいた。


……なんだこれ……マジでこれ神様扱いなのか俺。

話しかけてくるわけでもなく拝まれるだけって初めての経験でどうしていいかわからん。これはこれでなんかちょっとだけイジメっぽくなってないだろうか。

楓ちゃんが神様って言うから()みたいに思われて冷やかされてるんじゃないだろうか。

俺の考えすぎかな。本当の意味で拝んでくれてる子もいるだろ、たぶん。まあバカにしてるような意味で拝んでくる子もいるだろうけど。



休み時間、ちょっと休憩しようかなと思ってトイレに行ったらトイレにまで拝んでる子いたよ。トイレしづらくなるからやめてくれ。


トイレを終えて俺は出てきた。



「おうおっさん」


「……キミは……」



トイレの入口でヤンキー女、もとい堀之内さんが金属バットを持ちながら待ち構えていた。

トイレに行く前じゃなくて終わった後だからまだマシか。トイレがすごく目立つせいで待ち伏せされやすいのイヤだなぁ。



「気持ち悪いって言っただろおっさん。学校から出てけ、じゃないと殺す」


「それは困る。俺はこの学校で頑張って働くんだよ」


「知ったことじゃねぇよ、死ね。てめぇを女子校に放置したら盗撮や覗きをするに決まってる。そうなる前にあたしが排除する」



俺性犯罪者予備軍だと思われてる……失礼な、俺はスケベではあるがセクハラはしねぇ! ……まあそう思われても仕方ないか。女子高生を狙う変質者が多いのは事実だし。


バットを掲げながら近づいてくる堀之内さん。昨日の全校集会が始まる前もこんなことがあったけど間一髪で楓ちゃんが助けてくれた。しかし今は楓ちゃんはいない。



「残念だったなおっさん、今はあのデカパイ女はいねぇよ。誰も助けなんか来ねぇ。昨日はデカパイ女に止められて失敗したが今日こそは確実にてめぇを殺せる」


いないのはわかっている。前回は楓ちゃんに瞬殺されたもんだから今回は楓ちゃんがいないスキを狙ってきたというわけだな。


俺だって常に楓ちゃんに守ってもらおうだなんて思っちゃいない。楓ちゃんは生徒会長なんで忙しいんだ。何かあったら連絡しろって言われてるけど『女の子に絡まれたから助けてください』なんて恥ずかしくて言えるか。女の子に助けを求めるなんて男として失格。楓ちゃんの手を煩わせるわけにはいかない。女子校で働くと決めたからにはロリコン変態扱いされるのは覚悟の上だ。このくらい想定内だ。


とにかく俺だけでなんとかする。でも相手は女の子とはいえ金属バット持ってるし戦ったら勝てないだろうなぁ。なんとか話し合いで帰ってもらうしかないな。



「堀之内さん、そろそろ授業が始まるんじゃないのか? 早く帰った方が……」


「んなもんサボる。てめぇを殺すのが最優先だ」


おい、野田さんもそうだけどそんな気軽にサボるな。ここ名門校だろうが。

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