第6章…愛
トイレにすごく金をかけています
俺は、楓ちゃんとすごく相性がいいようだ。
楓ちゃんの料理がおいしいと思っているし、楓ちゃんに振り回されまくっても苦痛に感じたことはない。
俺は、雲母ともすごく相性がよかった。趣味が合うし、一緒にいて常に楽しかったし、雲母の好みに不満を抱いたことはなかった。
雲母が世界一俺と相性がいい女性だと信じて疑わなかったのに。雲母はそうは思っていなかった。雲母に不満を持たれていたことも、それに気づけなかった俺にも強いショックを受けた。
もしかして、雲母より楓ちゃんの方が俺と相性がいいのか……?
それを判断するにはまだまだ時間が足りない。雲母とは7年も付き合ってお互いに知り尽くしている。7年とは言わないが、楓ちゃんのことを知る時間ももっと欲しい。
ところで、この星光院学園には男子トイレがない。
いや、なかった。男子トイレがないのはもう過去の話だ。
男子トイレがなくてその辺の草むらで用を足さざるを得なかった日から、1週間。
男子トイレが完成した。
楓ちゃんのクラスがある校舎のすぐ近くに男子トイレが建てられた。
いや、早すぎだろ。なんでもうできてんだよ。楓ちゃんの権限で今すぐ男子トイレ作らせるとは言ってたけど1週間で完成させるのは早すぎるだろう。
「どう? 涼くん。キミのために作った、キミだけのトイレだよ」
完成直後のピカピカなトイレの前に立つ俺たち。楓ちゃんはドヤ顔で腕組みをしながらそう言った。ドヤ顔の楓ちゃんも可愛いな。
俺はマヌケな表情で呆然とするしかできなかった。
「えっ……涼くん、お気に召さなかった……? 何か気に入らないところがあったらすぐに直すけど」
「違う違う……こんなに立派なトイレに不満なんてあるわけない」
まだ外観しか見てないけど、すごいトイレなのは間違いない。普通の公衆便所よりはるかに大きく、サービスエリアとかについてそうなトイレだ。
「不満はない、俺は困惑しているんだ。どうやってたった1週間でこんなに立派なトイレを作ったんだ……?」
「ふふん、それはね、私の愛の力だよ」
全然答えになってない気がするが納得するしかないのかな。どう見てもすげぇ金かかってるぞこれ。これが中条グループの力か。俺には手も足も出ない世界だ。
「トイレ作ってくれたのはすごく嬉しいんだけど、こんなに金かけていいのか?」
「涼くんのためならこの程度痛くも痒くもないよ」
すげぇな中条グループ。お嬢様の一声でここまでのものをポンとお出ししてくるとは。
「……ありがとう、楓ちゃん……でも俺なんかのためにここまで労力かけさせるなんてすげぇ申し訳ないよ」
「そんなの気にしなくていいの!」
「俺が気にしないとしても他の生徒は納得するのか? 女子校なのにこんなにいい男子トイレ建てちゃって。校舎にある女子トイレより設備整ってるんじゃないか?」
「だから、気にしなくていいんだってば。ホラ、さっそく使ってみてよ。遠慮しないで!」
せっかく作ってくれたんだから使わないわけにはいかない……
ちょうどトイレに行きたくなってきたところだし、お言葉に甘えて使わせてもらおう。
トイレの中に入る。
外観を見た時点でわかっていたが、広い。トイレだけで俺が昔住んでいた家と同じくらいの広さ。
小便器が10個ある。個室トイレも10個ある。
この学校に男は俺1人しかいないのになんで10個もあるんだよ。他の9個意味ないだろ! 完全に金の無駄遣いだろうが、何考えてんだ楓ちゃん。
まあいい。俺は一番端っこの小便器の前に立ち、ズボンのチャックを下ろす。
……? 小便器の上の壁に何か貼られている。
ポスター?
ってこれ、楓ちゃんのポスター!?
制服姿で笑顔の楓ちゃんの写真が、大きなポスターとなって貼られている。
ポスターの楓ちゃんもすごく可愛いけど、なんで男子トイレに貼られてるんだ!?
ポスターの下の方をよく見ると、小さく文字が書かれている。
『いつでもどこでも私を感じてもらえるように私のポスターを設置しました。楓より』って書いてある。
今気づいたが、10個の小便器の上すべてに全く同じポスターが貼られてあった。つまりこの男子トイレの中には10人の楓ちゃんがいるということになる。
マジで何考えてんだよ楓ちゃんは!? 楓ちゃんの写真を見ながらトイレしろっていうのか!?
男子トイレここしかないし漏れそうだから用を足すけどさ、楓ちゃんに見つめられながら放尿してるみたいでものすごく恥ずかしいんだが。
なんだよこれ。何のプレイだよ。
トイレが終わった後に個室も見てみたが、そこにもすべて楓ちゃんのポスターが貼られていた……俺がトイレをする時は楓ちゃんを見ながらしなければならないというのは避けられないようだ。
いや可愛いけどさ、だからこそすごくトイレしづらいぞ。可愛い女の子を見て目の保養にしたい気持ちは大いにあるが、場所は選ぼうよ場所は。
―――
それから数日、俺は楓ちゃんが用意してくれたトイレを利用しながら雑用仕事に励む日々が続く。
何回か使ってみて、やはり楓ちゃんの写真を見ながら小便するのは慣れない。いや慣れてたまるか、慣れたら変態だろ。
用を足してトイレから出た直後、俺はビックリする。
「こんにちは、安村さん」
「のっ、野田さん……!?」
男子トイレの入口のすぐ近くに野田さんがいた。
「どうしてここに……」
「中条会長が安村さんのためにトイレ作ったって聞いたものでちょっと見に来ました」
「そうか、ここがそのトイレなんだが……」
「私もこのトイレ使ってみてもいいですか?」
「え、キミが!? これ男子トイレだぞ!? 女子トイレなら他にいくらでもあるんじゃないのか?」
「ちょっと気になるんで、1回だけですから。男性は安村さんしかいないんだからいいじゃないですか。安村さん専用トイレみたいなので安村さんに許可取れば使えるんじゃないかと思いまして」
「……まあ、俺は別に……キミがよければ好きにすればいいんじゃないか」
「やった、じゃあ失礼しまーす」
野田さんはトイレに入っていった。自分から男子トイレに入っていくなんて、本当に変わった子だな。
「きゃーーーっ!?!?!?」
トイレから、野田さんの悲鳴が上がった。
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