野田さんも恐ろしい子でした
野田さん乱入で昼食タイムが氷河時代になった。楓ちゃんブチギレで俺は恐怖で凍りついて動けない。
その時、楓ちゃんが俺の脇腹を指先でツンツンとつついてきた。俺はビクッと跳ね上がる。
「な、何? 楓ちゃん」
「ちょっと耳貸して」
言われた通りにすると、楓ちゃんは俺にそっと耳打ちする。
「涼くん、この女追い払って」
「え!? お、俺が!?」
「うん、キミはペットでしょ? 飼い主の指示には従わなきゃね」
無茶をおっしゃる……楓ちゃんの威圧感に動じない子を、俺にどうしろと言うんだ。
しかし俺は楓ちゃんのペットだから逆らえないぞ……俺どうする。
「ねぇ、お願い」
「~~~ッ……!!!!!!」
ものすごく可愛い声で囁かれる。そして甘い吐息がそっと吹きかけられる。俺の耳がゾクゾクして甘く蕩ける。
そんなに可愛い声でお願いされたらもう断ることはできない。本当に可愛い女の子は声だけで男を勃起させる。
「ヒソヒソと何を話してるんですか、お2人さん」
「っ! い、いや、なんでもないよ! その……あの、野田さん」
「はい、なんですか安村さん」
野田さんにまっすぐ見つめられる。何を考えているかわからない、無表情。
こうして真正面から向かい合うと野田さんもすごく美人で、俺はただ圧倒される。
しかし圧倒されても後ろに倒れるわけにはいかない。後ろに楓ちゃんがいるからだ。
「野田さん、俺なんか観察しても何もおもしろくないと思うよ。それに楓ちゃんも良く思ってないみたいだし、やめてくれないかな……?」
あ、なんか思ったよりスラスラとちゃんと言えた。
でもこれは言えたというより言わされたといった方が正しいかもしれない。楓ちゃんの吐息で脳が溶けて、楓ちゃんの手のひらの上で踊らされている感覚だ。
よく飼い慣らされてるなぁ、俺……忠犬かよ。
「……安村さんがそう言うなら、わかりました」
おおっ、わかってくれたか。とりあえずちゃんと伝えることって大事なんだなぁ。
「……ですが、その前に」
「ん!?」
野田さんの眼光が鋭く光った気がして俺は身構えた。
「中条会長のお弁当、一口だけいただいてもいいですか?」
「は?」
楓ちゃんは真顔で『は?』って言った。
その声はとても可愛いのにどす黒いものを感じた。
「……野田先輩、それはずいぶんと図々しくないですか」
楓ちゃん本当にハッキリ言うよなぁ。
間に俺がいるから俺を挟んでバトルみたいな展開になってて俺の胃がキリキリしてねじ切れそうだ。
「お願いします。一口だけでいいんです。一口いただけたら帰りますから」
「……どうぞ」
楓ちゃんは納得してなさそうにしていたが弁当箱を差し出した。
野田さんはその中にある卵焼きを一つ口に入れて食べる。
モグモグ、というほどではない。モグ、というところで野田さんの動きがピタッと止まった。
「まっず!!!!!!」
屋上全体に聞こえたんじゃないかってくらいの野田さんの声。それと同時に苦虫を噛み潰したような表情をした。
ちょっ、野田さあああん!?!?!?
何もそんな大きな声で言わなくても……しかも表情もこれでもかというくらいまずそうにしてやがるし。いくらなんでも丸出しにしすぎだろ、ちょっとは隠す努力をしようよ。
「…………」
ヒッ……!? あっ、ヤバイ。見なくてもわかる、オーラだけでわかる楓ちゃんのブチギレ具合。
その殺意は野田さんに対してのみ向けられているのに俺もついでに狩られそうな禍々しさだ。
「中条会長、すっごくまずいですよこれ。中条会長って料理ド下手だったんですね」
そこまでハッキリ言うか!? 頼むからよく見てくれ、楓ちゃんブチギレなのがわからないのか!?
楓ちゃんの料理はクセが強くて万人受けしないだろうとは思っていたけど、野田さんの口にはとことん合わなかったようだ。
「安村さん、こんなものよくそんなに食べられますね。お腹壊しちゃうんじゃないですか?」
「いや、俺はおいしいと思ってるけど……」
楓ちゃんが怖くて無理して言ってるわけじゃない。本当に俺はおいしいんだ。
俺の味覚はおかしいのか? 貧乏舌なのかな俺は。野田さんは大金持ちでいいものたくさん食べてきたから舌が肥えてるのかな。
どっちかはわからんが、野田さんには合わなかったけど俺には合う。それだけの話だ。
「まあいいです。食べたら帰るって約束でしたね、約束通り私は帰ります。それでは」
野田さんは立ち去った。
何しに来たんだ。爆弾を投げに来たのか? 俺の胃が死ぬかと思ったぞ。食事中なのと緊張感MAXな状況で胃が酷使されすぎなんだよ。
「……あの女、やっぱり危険だったね。ブラックリストに登録しておいて正解だったよ」
「危険っていうか、すごい子だな……」
あの子に怖いものはないのか。あれだけキレてる楓ちゃんと対戦して平然とズバズバ言うとは……社会人に必要な鋼メンタルなのかもしれない。
「正直に言うとぶち殺したかった。でも生徒会長たるもの暴力など言語道断。我慢するのが大変だったよ」
「は、ははは……」
俺は苦笑いすることしかできなかった。あれだけの殺意を我慢したのすごいな。
いや、まだだ。今もまだ堪忍袋が爆発寸前になってる。もう野田さんいないのに爆発されたら俺が死ぬ。これ以上何も言わない方がいいかもしれない。頼む、爆発だけはしないでくれ。
……と思っていたが、次の瞬間にはしゅん……とした感じで彼女が鎮まっていくのを感じた。
「……私、料理上手くないのはわかってたけど、あんなにイヤな顔されるなんて……そんなに下手なのかな……」
楓ちゃんは下を向く。俺が一番恐れていることが起きた。落ち込まないでくれ楓ちゃん、落ち込まれるのが一番イヤなんだ。楓ちゃんの悲しそうな顔を見るくらいなら、キレられて殺される方がマシだ。
「大丈夫だよ楓ちゃん! 下手なんじゃなくて野田さんとたまたま相性が悪かっただけだよ! 俺はおいしくいただいてるから!」
「……涼くんも無理して食べなくていいからね」
「何言ってんだよ! おいしいって何度も言ってるだろ! ホラ、こんなにいっぱいいくらでも食べられるのがその証拠さ!」
俺はバクバク食べ続ける。残すものか、たとえ隕石が降ってきても全部食うぞ。
「っ……涼くんっ、ありがとう! 好き!!」
むぎゅっ
「わっ!?」
楓ちゃんは俺に抱きついてきた。
「ちょっ、楓ちゃん! 食事中だから……」
ギリギリ
「っ……く……苦し……」
楓ちゃんに抱きしめられるのはそりゃあすごく嬉しいけれども。
でも、抱きしめる力が強い……抱擁力が強すぎて俺のしょぼい肉体がバキボキとイっちゃいそうなんだけど。絶対に全部食べると強く決意したけどさすがに今は食べられない。やめろ、食ったものが全部出そう。それだけは阻止しなければ。
しかし、強く抱きしめられるということはそれだけ密着度が上がるというわけで、すごくいい匂いがするのと、たわわな乳房がムニュッと押し潰されている。制服越しでもこんなにも柔らかさと弾力感が伝わってくる。
今すごく苦しいしさすがに今は勃たないだろ……
…………いや、勃ってきてるよ……股ぐらが膨らんできてるよ。強く締めつけられて勃ってるとか変態すぎる。
これだけ力が強いのに優しさと儚さも感じる。なんだこれ、痛いのと気持ちいいのが同時に襲ってくる。
「ふふっ、涼くん……このままずっと離したくない……」
スリスリ
「っ~~~……!」
スリスリと頬擦りされる。ぷにぷにとしたほっぺの感触が俺の心臓に鐘を鳴らす。
「涼くん、私の料理が野田先輩と相性悪かったって言ったよね?」
「え? ああ」
「じゃあ私の料理をおいしいと言ってくれる涼くんは、私とすっごく相性がいいってことでいいんだよね?」
「っ……! そ、そうだな」
「ふふっ、好きだよ涼くん……」
照れる。照れすぎる。照れすぎて蒸気人間になってる。俺の気持ちが蒸気になって体内から放出されている。
箸を落としそうになったがなんとか強く掴む。あまりにもキャパオーバーしてて食事をできる状態ではなかったがそれでも俺はお弁当を食べるのであった。
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