好きのレベルを上げたいようです
楓ちゃんにキスできず、彼女の問いに答えることもできない。俺は本当に最低で情けない男だ。
答えられないままどのくらいの時間が経過したかわからない。楓ちゃんはふぅと軽く吐息を零した。
「……涼くんにはまだ早すぎたのかな」
あ、ああ、そうだ。俺にはまだ早い。楓ちゃんとキスしたいが今ではない。
もっと時間が欲しい。元カノとの想い出を消す時間が。
「キスするのに躊躇がある時点で、まだまだ足りないってことだね。好きのレベルが」
「好きの、レベル……?」
「うん。好きのレベルが10段階あったとして、キミが言う好きはせいぜい『5か6』ってところだね」
5か6? もっとあると思うんだが……いや、キスに戸惑った時点で説得力ないか。
「私の好きのレベルはもちろん『10』だよ? いや、10じゃ足りないな。無限だね無限」
自分で10段階って言ったのに無限と言う。楓ちゃんは俺なんかと違って一途なんだな。純粋で健気でまっすぐな気持ちが痛いほど伝わってくる。
それに比べて俺は……確かに元カノに未練がある時点でなんか違うよな。楓ちゃんの気持ちと比べるなんておこがましいくらい俺の気持ちなんかたかが知れてるということが露呈されてる。
楓ちゃんの好きは俺の好きとは格が違う。
「だからまだ早い。今はまだダメでも、いつか必ずキミの好きのレベルを10まで上げてみせる。もっともっと惚れさせてみせる。それまでは、キミは私のペットということでいいかな?」
「あ、ああ」
楓ちゃんは料理を再開した。俺はトイレに行こうとしてたのを思い出し、超急いでトイレに行った。
この猛烈な尿意を忘れさせる楓ちゃんの魅力、恐ろしい……楓ちゃんには敵わないな。
―――
「涼くん、はい、あ~ん」
「……あ、あーん……」
その日の昼食の時間、学校の屋上のベンチ。
楓ちゃんのあ~んだ。箸で摘んだ卵焼きがキラキラと輝いて俺の口元に持ってきている。
昨日はあ~んしてあげないと言っていた楓ちゃんだったが、今日は甘々のあ~んをしてくれた。
昨日は昨日、今日は今日ってことか。ちゃんと切り替えてくれたってことか。あんなにプンプンしてたのがウソのように天使の笑顔。昨日の楓ちゃんも今日の楓ちゃんもどっちも可愛すぎる。
あんなに朝早くから作ってくれたお弁当だ。米粒一つも残すわけにはいかない。
俺は素直にあ~んしてもらい、卵焼きをモグモグ食べる。
「おいしい?」
「おいしい」
「よかった~。どんどん食べてね」
前に食べた時も思ったけど楓ちゃんが作る料理はやっぱりクセが強くて万人受けしないと思う。でも俺は好き。無理して食べてるとかではなく普通に好き。胃袋が限界を迎えるまではいくらでも食べられる。
こんなにおいしいと思うなんて、もしかして俺、楓ちゃんと相性がいいのかな……
雲母も料理は上手い方だったと思うけど、雲母よりおいしいかもしれない。
……いや、楓ちゃんと一緒にいる時に他の女のことを考えるのはやめよう。隙あらば雲母が出てくるの俺の悪いクセだ。直さないと。
お弁当に集中だ、とにかくおいしい。卵焼きもウインナーもおいしい。幸せだ……
「おや、中条会長に安村さんではありませんか」
「!? のっ、野田さん!?」
楓ちゃんの笑顔と料理に夢中になっていた俺は気づくのが遅れた。ベンチに座っている俺たちの前に、野田さんが立っていたのだ。
いつからそこに!? 俺が楓ちゃんにあ~んしてもらっているところを見られたのか!? 恥ずかしいぞこれは。
―――ハッ! 楓ちゃん……
俺の左隣に座っている楓ちゃんを、恐る恐る見る。
ぎゃああああああ。怖っ! マジで怖っ!
天使の笑顔だった楓ちゃんはどこに行った。天使の面影がどこにもない。
目から光が消えて、闇の瞳で真顔で野田さんを見ている楓ちゃんの姿がそこにあった。
箸に摘まれたウインナーはかろうじて落としていないが、その箸を持つ楓ちゃんの右手には怒りのマークが浮かび上がり、ウインナーをグシャッと潰しそうになっていた。
「やだなぁ、中条会長。そんなに怖い目で睨まないでくださいよ」
「…………何か用ですか、野田先輩」
「用ってほどではないんですけど」
「用がないのでしたら申し訳ないですが席を外していただけませんか。見てわかりませんか、私は彼と2人きりでイチャイチャしているところなんですよ。空気読んでくださいよ。ハッキリ言って邪魔なんですけど」
楓ちゃんが本当にハッキリ言っている。『あっち行け』ってオーラを隠そうともしない。
一方野田さんは楓ちゃんに殺意をぶつけられてもニコニコした表情を崩すことはなかった。
え、野田さんこれだけの敵意をぶつけられて全然動じてないのか? 俺なんてチビりそうになってるんだが。
「まあまあ、そう固いこと言わないでくださいよ」
ストン
!?
座った!? 野田さんベンチに座った!?
俺の左隣に楓ちゃんが座っているのだが、右隣の方に野田さんが座ってきた。
「…………」
楓ちゃんのイライラオーラが倍以上になった。隣の俺も威圧される。表情を一切変えずに無言の圧力をかけてくるのが怖すぎる。
ちょっ、野田さん勘弁してくれ……楓ちゃんを怒らせないでくれ。楓ちゃんはガチのマジで怖いんだぞ。
この状況でベンチに座れるのすげぇな。メンタル鬼なんか?
右に野田さん、左に楓ちゃん。どっちを向いても絶世の美少女。俺は生まれて初めて美少女に挟まれる形になった。両手に花というヤツか。
傍から見れば羨ましいと思われるかもしれない。しかし修羅場だろこれ。俺何もしてないよな……? 少なくとも野田さんとは何にもないぞ。なのになんだこの状況。
俺はガクガクと震えが止まらず姿勢を正して座ることしかできなかった。
「野田先輩、どういうつもりですか? 殺しますよ」
殺しますよって言ったよこの子。俺がデッドボール食らったら骨折するくらい剛球の直球を投げつけてきてるよ。お嬢様なんだからもっとおしとやかにしようよ、頼むよ。
「いえいえ、お気になさらず」
「同じベンチに座られたら気になるんですけど」
「私、ちょっと興味があるだけですから。今まで男性を一切寄せつけなかった中条会長が男性にお弁当を食べさせてあげてるなんてすごく驚いたんです。中条会長がここまでする男性に興味があって、ちょっとだけ安村さんを観察してみたいんです。
私、進学したら心理学を勉強したいんですよ。だから勉強の参考になればと思いまして」
勉強のため!? 勉強の参考という理由でこんなに危険な場所に自ら来たというのか。
さっきから楓ちゃん超怖いのに野田さんはずっとニコニコしてるし。無敵かこの子。
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