楓ちゃんは嫉妬します

 野田さんの名刺を見た時も身震いしたけど、いつの間にか背後に立っていた楓ちゃんの姿を見た時は遥かに凌駕する震えが俺を貫いた。


怖い。怖すぎる。肌はピチピチに白いのに、どす黒いオーラが彼女を包んでいる。

体操服を着てポニーテールにしたままの彼女。純白の体操服も真っ黒に染められている気がする。風が強いわけでもないのにポニーテールが揺れて浮いている気がする。

闇を宿している瞳も、闇なのに輝いている。矛盾しているがとにかく彼女の瞳は恐ろしくも美しかった。



「あれ、楓ちゃん……? 授業やってたんじゃないのか……?」


「もう終わったけど?」


あ、ホントだ。体育館内を見たらみんな帰っていた。



楓ちゃんはゆっくりこっちに近づいてくる。

目がマジで怖いって。その目やめてくれ。いつも楓ちゃんにデレデレな俺の息子も、今は陰嚢が縮み上がっていた。



「涼くん女の子と話してたね」


「あ、ああ……」


「この前も話してた子じゃなかった?」


「そ、そうだな」


「なんでまた話してるの?」


「楓ちゃん、まずは落ち着け」


「私は冷静だけど?」


目が人殺しの目なんだよ。これはとても言えないけど。



「やましいことは何にもないぞ。あの子授業サボってたみたいでヒマつぶしにちょっと話し相手になっただけだから」


「その手に持ってる紙は何? ちょっと見せてよ」


ハッ!

俺の手にはさっき野田さんからもらった名刺が。


俺は言われた通りに楓ちゃんに名刺を渡そうとしたが、楓ちゃんはバッと素早く名刺を奪った。動きが早いよ。俺の目じゃ見えなかったよ。



「なんで名刺なんかもらってるの? しかも野田グループってライバル企業じゃん、天敵じゃん」


楓ちゃんは容赦なく名刺をビリビリに破いた。


「名刺を差し出されたら無視するわけにもいかないだろ。社会人ナメんなよ」


頭を深く下げて名刺を受け取る社会人時代のクセがつい出てしまったんだ。これ当分の間は治らないな。もうとっくにクビになってるのに悲しい。



「俺が学校唯一の男らしいからめずらしいと思われてるだけだぞ? なぁ、女子と会話しただけでそんなに怒るのやめてくれよ」


「……うん、ごめん。涼くんは悪くないのはわかってるんだけど。でも涼くんが他の女と話してるだけで、私すごくムカつくの。自分の感情をコントロールできなくて、狂うほどイライラするの……ああもう、うざい……!!」


楓ちゃんは頭を抱えてポニーテールな長い髪を振り乱した。

怖い怖い。ホラー映画で豹変した人みたいになってる。



「わざわざ女だらけの環境に連れてきておいて女と一切話すなっていうのも理不尽なのはわかってる……でも涼くんと離れるのが耐えられなくて、できるだけ近くにいてほしくてこの学校に連れてきたの。

ねぇ涼くん、できる限り他の女と絡まないで。お願い……」



楓ちゃんはズイッと詰め寄ってきた。とにかく近い。

楓ちゃんの瞳に光が戻ってきていた。聖なる光に満ちた瞳が美しく輝く。


体育の授業の直後で、汗をかいている楓ちゃんが、こんなに近くに。

クラクラと酔いそうなくらい、すごくいい匂いがする……


汗をかいているのになんでこんなにいい匂いがするんだ。反則だろこれ。いや、汗をかいてるからこそいい匂いなのか? 男を狂わせるフェロモンが増えるのか?

俺が汗かいたらくっせぇくっせぇ超くっせぇなのに、この差は一体何なんだ。



というか……! さらにとんでもないことに気づいてしまった。

白い体操服が汗で透けてる! ブラジャーが透けてる! 楓ちゃんのブラジャーの色は水色だった。


今にも当たってしまいそうなくらい近い豊かな双丘、透けてるブラジャー、蕩けるようないい匂い、懇願するようにまっすぐ見つめてくる潤んだ瞳。さらに運動直後でちょっと息が上がって熱を帯びているのが余計艶かしい。


楓ちゃんの存在すべてが何もかもが俺の情欲を強く刺激した。脳の奥が溶けるように性的興奮が極限まで高まる。さっきまで縮こまっていた大事な息子も一気に元気を取り戻した。



「ッ……! わ、わかったから、近い……ッ!」


危ない! 本当に危ない! 俺の理性が壊れる寸前だった。俺は必死に手を振り回した。降参の白旗を振るように。


楓ちゃんはようやく離れてくれた。俺の心臓の鼓動の速さがえげつなくて、胸を手で押さえた。



「はぁはぁ……そんなに心配しなくても大丈夫だよ、楓ちゃん。キミは俺が女子にモテモテな前提で話してるけどさ、真逆だから。

俺は女子から変質者みたいな目で見られて避けられてるから。誰も寄ってこないから。誰にも相手にされないから。だから楓ちゃんが心配するようなことは何もないよ」


なんか自分で言ってて悲しくなってきた。



「でもさっきの女は……」


「野田さんはちょっと変わり者っぽいな。今のところ楓ちゃん以外で俺と口利いた女子は野田さんだけだから」


「……野田つばき……星光院学園3年H組……」


顔を見ただけで名前もクラスもわかるのか。もしかして全生徒のデータを覚えてたりするんだろうか……



「野田つばき……ライバル企業のお嬢様な上に涼くんに近づくとは……中条グループのブラックリストに登録しておいた方がよさそうだね」


楓ちゃんはそう言ってスマホに何やら打ち込んでいた。すごく怖い表情をしながら。


「いやそんなことしなくてもいいだろ……」


「ダメだよ。あの女は危険だって私のカンが言ってる」


そうなのか……? 俺にはいい子そうに見えたが。

まあ楓ちゃんの前で野田さんの話は絶対にしない方がよさそうだな。




―――




 夜、楓ちゃんの家で夕食タイム。

俺は夕食を食べる。うん、おいしい。


……あれ? 今まで食事の時は楓ちゃんがあ~んして食べさせてくれた気がしたが、今はしないのかな。


となりに座っている楓ちゃんをチラッと見ると、プイッと視線を逸らされた。



「……今日の涼くん他の女の子と話してたから、今日はあ~んしてあげない」



そう言って少し頬を膨らませる楓ちゃん。


あ~んしてくれないのは別にいいんだけど、嫉妬してる楓ちゃん可愛すぎる。

少しでも目に焼きつけておきたいと思った。目の保養目の保養。



「なんで嬉しそうな顔してるの? これはお仕置きなんだよ」


「は、はい……」



お仕置きでも、可愛いものは可愛い。

まあ確かに反省しないとな。納得できなかったとしても飼い主がお仕置きと言ったら反省する。それがペットだ。

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