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 スーズゥの存在は異人に知られてはいけない。

 収穫祭の仮面を被っているとき以外は、村の外の人間に姿を見られてはいけない。

 スーズゥは幼い頃から口酸っぱくそう言われてきた。だから、村に外の人間が多く入ってくる収穫祭の時期は、スーズゥの仕事はもっぱら目立たない山の中に限られる。そうなると少しだけ仕事の負担が減るが、その代わりいつもより周りに警戒しないといけない親方が、苛立ってスーズゥに八つ当たりをする回数が増える。


「お前、いま丸太を枝にぶつけただろ。何度言ったらわかるんだ!」

 親方がスーズゥのほほを打った。スーズゥはなんとか踏ん張って、かろうじて丸太を落とさずに済んだ。


 夏に事故で木こりが二人死に、そのせいで祭りのやぐらに使うまっすぐな丸太があまり用意できなかったらしい。乾燥させたそれを山小屋から下ろすのがスーズゥの仕事だが、いつもより数が少ないので慎重に運ばないといけない。そう言ったのは親方のほうだが、まるでスーズゥの失敗を誘うかのように、何かと理由をつけて邪魔をしてくる。


 スーズゥは心の中で親方に悪態をつきながら、丸太を担ぎ直して山を降りていく。親方のほうがスーズゥの何倍も大きくて腕も太く、丸太を運ぶのに向いていそうだが、親方はスーズゥを縛る鎖を引っ張るのみだった。スーズゥは黙って最後の丸太を運んだ。


 ようやくふもとにたどり着いた頃には、空は真っ赤に染まっていた。スーズゥは親方に「遅い」とまた殴られながら、洞窟の奥の牢に戻された。


 岩の床に頬をつけると、打たれて腫れたところが冷やされて気持ちが良かった。スーズゥは全身を床に投げ出して、ぼんやりと格子の外側を見つめた。夕飯がまだだが眠かった。


 リン婆はたまに、忘れているのかわざとなのか、食事を持ってこないときがある。そんなときスーズゥはひもじい思いをしながら無理やり眠るものだが、今日はそんな貴重な食事よりも睡眠を優先したいくらい疲れていた。

 スーズゥがうとうとしていると、ごそごそと物音が聞こえた。閉じかけた目を開くと、格子の外にあの少女がいた。


「やっぱり気になって、今日も来ちゃった」

「……帰って。ぼくは眠いんだ」

 朝早くから働いていたのだ。見知らぬ旅人の相手をする元気はもう残っていない。

「言われなくても少ししたら帰るわ。あんまり遅くまで帰ってこないと、妖魔に襲われたんじゃないかって村の人たちが心配するの。あの人たち、ほんとに旅人みんなを歓迎してくれるのよ。ふつう、こういう閉じた村って外から来る者を嫌うのに」


 スーズゥが何も反応せずにいても、少女は一人で頷きながら好き勝手に話を続ける。

「昨日は驚かせてごめんね。それから、あたしが逃げた後、ごまかしてくれてありがとう」

「……じゃあ、また怪しまれる前に、帰って」

「そういうわけにはいかないの。ねえ、あなたはなんて名前なの?」


 スーズゥは硬い岩の上で寝返りを打って、少女に背を向けた。もう眠気が限界に近かった。それにあまりスーズゥのことを知られては困る。


「ごめん、あたしのほうから名乗るべきだったよね。あたしはヨウランっていうの。北の方から来たんだ。たまたまこの村のことを街で聞いて、ちょっと寄り道してみたの」


 夢の中に沈みかけながら、スーズゥは少女の話を聞いていた。北の方には、たしか玄武という神様がいて、高い高い塔の上に住んでいるのだとか。玄武は海という、湖よりもはるかに広い水たまりを作った。

 海はすべての生きものの母だ。スーズゥの好きなワタリガラスは、その海を越えてやってくる。生まれてこのかた村を出たことのないスーズゥは、収穫祭で旅人から聞く海の話が大好きだった。


 死ぬ前に一度でいいから、海を見てみたい。

 まどろみの中でスーズゥは思った。それはスーズゥが幼い頃からずっと強く想い続けている願いだった。


「こっちはまだあまり寒くなくていいね。あたしがいたところはね、この時期はもう手足が凍えて、火がないと指がかじかんで何もできないくらい寒いの」

 ヨウランはまだ何か喋っている。スーズゥはいい加減わずらわしくなって、眠気でふにゃふにゃの声で「寝かせてくれ」とつぶやいた。

 ヨウランはようやくスーズゥが疲れ切っているのをわかってくれたらしい。「そっか。おやすみ」とヨウランは言うと、姿を消してしまった。

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