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事故で死んだあの日、美亜が絶望したように、幸紘も絶望していた。自分の死と、美亜をひとりにしてしまう事を恐れた。


幸紘にとっても美亜が全てであった。


美亜が自殺を図ろうとしたあの夜、妻に対する幸紘の強い愛が、彼女の自殺を防いだのだ。


幽霊として、美亜にだけ"見える形"として幸紘は、彼女の前に現れた。


そして彼自身が望んだのだ、空から彼女を見守るのではなく、傍で一緒に生きたいと。


美亜自身、夫が幽霊である事に気付いている。それでも知らないふりを続けるのは、認めてしまえば彼が消えてしまうのではと恐れているから。


それは何より、耐え難(がた)い事であった。




「私は、愛する夫と一緒に幸せに生きてるの。」


美亜は幸せな表情で、不思議そうに見てくる人達に言った。


「私ね、近くのお花屋さんでパートしようと思うの。」


幸紘ゆきひろは、彼女の話をこころよく受け入れた。


平日は夕方まで働き、パートが終わると帰宅。夫の「ただいま〜。」で玄関へと向かう。


「貴方おかえりなさい。」


「ただいま。美亜もお疲れ様。あ、そうだ、美亜の大好きなロールケーキを買って来たよ。ご飯の後一緒に食べよう?」

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