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「あら、嬉しいわ。」


美亜の左手にはキラリと光るシルバーのリング。そして首には、夫の指輪が。


彼女は、夫の死を完全には受け入れられず、"夫が帰って来た"と言う妄想の中で生きているのではと周りは思っているようだ。


けれども本人は、死んだはずの夫が帰って来たと、本気で信じているのだ。




毎日2人分の食事を作り、誰も居ない向かいの席には夫の大好きなピザトースト。


美亜は、誰も居ない席に話しかける。その様子を見た近所の人々は皆、口をそろえ言う。


「誰も居ないのに必ず食事は2人分。庭に干してる洗濯物もだ。」


「美亜さんは幸紘さんが帰って来たって言うけど、旦那さん亡くなってるし…。」


「受け入れるのが辛いんだろう…。」


「奥さん、完全に心が壊れちゃったんだと思う。」


美亜を心配し、それと同時に不気味だと話す人も。


「辛いだろうけど、旦那さんは亡くなったのよ…。」


朝のゴミ捨ての時、近所のおばさんが美亜に言った。すると美亜は不思議そうな顔をして口を開く。


「何言ってるんですか?夫なら部屋で寝てますよ。有給使って休み取ったみたいで、ゆっくり寝かせてあげようかなって。あ!今日の朝はパンケーキ焼こうと思っていて。」

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