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「…どうして、どうしてっ。」


お葬式で、黒いワンピースに身を包んだ美亜は、柩(ひつぎ)の中眠る夫を見つめ涙を流す。


「…ねぇ幸紘あなた、痛かったでしょう?苦しかったでしょう?ごめんなさい、守ってあげられなくて。」


美亜は幸紘ゆきひろの頬に触れ、しばらくその場から離れられずにいた。


「…お願い、夫を、幸紘を、私から奪わないで。お願いよ…。」


愛する夫が骨になる事を恐れた。


「火葬だなんて、夫を焼かないで…お願い、やめて…っ。」


火葬をこばむ彼女の肩に、そっと優しく手を乗せたのは夫の母だった。


「美亜さん…気持ちは分かるけど。」


「…嫌、嫌、嫌ぁぁぁぁ!!」


最愛の夫を亡くし、美亜の心は音を立てる事なく静かに、けれども確実に壊れ始めていた。




真っ暗な部屋で遺骨と遺影を見つめ、夫の事だけを考える。それは何時間も続いた。


眠れない日が続き、目の下にはクマが。食事も喉を通らず、痩せこけていく頬。


美亜の時間は止まったのだ。


彼女を心配し、夫の両親が食事を持って家を訪ねるが、彼女は人に会うのを拒んだ。

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