第3話 皇女と精霊の想い

<アル視点>


 「わたしの近衛このえ騎士きしになってくださいませんか」


 山のふもとで助けた女の子から、お願いをされた。

 いきなりのことで戸惑った僕は、思わず聞き返してしまう。


「こ、近衛騎士ですか!?」

「あ、すみません、近衛騎士というのは──」

「いえ、言葉の意味を聞いているのではなくて」


 僕が否定すると、ティアはハッとする。


「ご存知でしたか。言葉遣いもお綺麗ですものね。どこで習ったのでしょうか」

「あ、なんか本があったので! なんて、あはは……」

「なるほど。でしたら話は早いですね」

 

 前世があるとは言えないので、なんとなく誤魔化ごまかす。

 すると、ティアも話しやすそうに続けた。


「わたしの正式名称は『ティアリス・フォン・アステリア』と申します。位としては、アステリア皇国第三皇女でございます」

「へー……って、皇女様!?」


 それを聞いた途端、僕の体は勝手に膝をつく。

 いわゆる土下座の姿勢だ。


「大変失礼しました! そうとは知らず数々のご無礼を!」

「アル様!? どうしてそんな姿勢をご存知で──ではなく、おやめください!」

「で、ですが……!」


 土下座を知っているのは、もちろん元日本人だからだ。

 まさかこの世界でも同じ意味を持つとは。

 だけど、ティアから懇願こんがんされて頭を上げる。


「とにかく、わたしには先程と同じように接してください!」

「わ、わかりまし──わかった」

「はい! では続けますね」


 そうして、ティアが話を再開する。


「わたしは現在、皇女として皇位継承を争っております」

「……!」

「ですが生まれが遅く、皇位継承権は第九位。決して高くはありません」


 ティアの顔は曇り気味だ。


「そして、わたしの国は腐っています・・・・・・。平民は重い税に苦しみ、貴族や皇族はそれで私腹を肥やし続けているのです」

「そんな……」

「わたしも一皇族ではあります。しかし、わたしはそれを変えたいのです!」


 すると、ティアは僕を見つめる。


「ここへ来たのもそのためです! わたしは国を変える力を得るため、最後の手段としてこの山へ訪れました!」

「……!」

「無理を言っているのは承知です。ですが、もう一度だけ問わせてください。アル様、わたしの近衛騎士になってくださいませんか!」


 強い想いを持った子だ。

 真っ直ぐで綺麗な瞳は、本心からの言葉だろう。


 でも、その問いには少しだけ口をつぐむ。

 一つ、重要な疑問があったからだ。


「ティアが想いを持ってるのは分かったよ」

「アル様!」

「でも、だったら余計に僕なんかで大丈夫かなあと……」


 ティアの言葉を聞くほど、僕だと力不足に思える。

 彼女の祖国には、もっと強くて偉い人達がいるだろうし。

 だけど、ティアは首を横に振った。


「なるほど。アル様は、ここが何と呼ばれているかご存知ないみたいですね」

「は、はい……」

「ここは“魔境山脈”。人里ではSSSランクの超危険地帯でございます」

「……へ?」


 超危険地帯? この山が!?


「いやいや、ティア! さすがにそれは──」

「事実です。実際、こちらの護衛も皇都から連れて来た精鋭です」

「そ、そうなんですか……?」


 ちらっと覗き見ると、護衛たちも「うんうん」とうなずく。

 それから、ティアも揃って同じような目を浮かべた。


「この山で生まれ育ったというのは、聞いたことがありません」

「は、はあ……」

「はっきり言って、アル様は規格外・・・です」

「……!」


 ティアはそう結論付ける。


 どうやらこの山は、この世界基準ではすごい場所らしい。

 生まれ育ったせいであんまり実感がないけど。

 それに、生き延びたのも“あの子たち”の助けがあったからだしなあ。


 ──と、そう考えていると、僕の中から黄緑色が浮かび上がる。


『ふーん、こんな人間もいるんだね』

「あ、シルフ」

「「「……!?」」」


 出てきたのは精霊のシルフだ。

 だけど、その姿にティア達は目を見開いた。


「ア、アア、アル様!? そちらの方は!?」

「この子? 友達のシルフだけど」

「と、友達!? だって、その方はおそらく──」

『し~』

「……ッ!?」


 ティアが何かを言おうとするも、シルフが彼女の口をふさぐ。

 どういう意図か分からないが、シルフはすぐに話を切り替えた。


『ボクは感動したよ。まだこんな人間がいたんだってね』

「どういうこと?」

『ごめんね。この世界に人間はいないって、あれ嘘だったんだ』

「あー、だろうね」

『……』


 真顔になりながらも、シルフは話を続けた。


『隠してた理由は、人間がみにくいと思ってたからなんだ』

「え?」

『まあ、ぼくたちも色々あったからさ』


 シルフは昔を思い出すかのような表情を浮かべる。

 口ぶりから、人間たちと嫌な事があったのだろう。

 わざわざ聞きはしないけど、シルフの気持ちは伝わった。


「じゃあ、シルフは僕を守ってくれてたんだ」

『……!』

「僕を傷つけないために、優しい嘘をついてたんだね」

『……うん、ごめんね』


 人間は醜い存在である。

 それを知ると、僕が悲しむと思ったんだろう。

 でも、前世でそれは痛いほど分かっている。


 逆に、“そうじゃない人”もいるってことも。


「けど、ティアは良い人だって言いたいんでしょ」

『そうだね。ボクも見直した』

「じゃあ決まりだね」

『うん!』


 十五年を過ごして、山奥でやりたいことはやり終えた。

 ならば、新しいことに挑戦してみるのも良いと思う。

 前世ではあまり味わえなかった、人との関りというものだ。


 そして何より、ティアの想いに応えたいと思った。


「ティア」

「は、はい!」


 僕はティアに頭を下げた。


「近衛騎士の誘い、承りました。これからよろしくお願いします」

「ありがとうございます……!」


 こうして、山奥で育った僕は、都へ行く決心をした。

 

 そして、後に知ることになる。

 これが僕の第二の人生の始まりで、英雄への第一歩だったということを。

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