第4話 初めての都

 「うわあ、すっごい!」


 馬車から降りると、僕は思わず声を上げてしまう。

 視界一面に“都”が広がったからだ。


「これがおうかあ~!」


 到着したのは、アステリア皇国の皇都だ。


 馬車に揺られること、およそ一週間。

 長い道のりの果てに、僕は皇都に降り立った。

 途中でいくつか街を挟んだけど、ここはどの街よりも発展している。


「家がいっぱい! 店も!」

「アル様、あれが店だと分かられるんですね」

「あ、うん、なんとなくだけどね……」

「ふふっ、察しがよろしいようで」


 鋭いツッコミに、僕はとっさに誤魔化ごまかす。

 あぶない、僕が転生者だとバレるところだった。


 でも、なんとなく覚えている前世と比べてもさほど違和感はない。

 皇都はそれほど発展した街並みみたいだ。


「アル様は意外と物知りですものね」

「あ、あはは……」


 また、この一週間でティアとも仲良くなっていた。

 彼女の願いで、口調も会った時のままだ。

 お相手が皇女様だと緊張してしまうけど、頭を下げられたらしょうがない。


 それから、ティアはにっこりと微笑ほほえんだ。


「良い街だと思ってもらえて光栄です」

「うん!」


 はしゃぎすぎたのは反省だ。

 今思えば少し恥ずかしいな。

 すると、周りからはクスクスと声が聞こえてくる。


「ちょっとあの人……」

「もしかして平民じゃない?」

「嘘でしょ、なんで皇都に?」

「ティア様はなんて方を連れているのかしら」


「ん?」


 内容は聞こえないけど、なんとなく良い雰囲気ではない。

 冷ややかな目でこちらを見てくる感じだ。


 僕が他所よそ者だからかな。

 一応、仕立て屋で最低限の格好はそろえてもらったけど。

 対して、ティアは顔を逸らすように僕の手を引く。

 

「……行きましょう」

「あ、うん」


 ひそひそ話をしていた貴族たちを良く思っていないみたいだ。


 ……皇都にも色々あるのかもしれない。

 そう思いながら、今度は街中用の馬車に乗り継いだ。





「先ほどは失礼いたしました」


 再び馬車に揺られる中、ティアが口を開いた。


「なんのこと?」

「貴族が陰口を叩いていたことです」

「いやいや、ティアは悪くないよ」


 あわてて否定するも、ティアは申し訳なさそうにしている。

 

「いえ、あれはわたしたち皇族の怠慢たいまんの結果です」

「ん? どういう意味?」


 確かにティアは皇族だ。

 でも、さっきの貴族とは関係ないように思える。

 すると、ティアは意を決したように話し始めた。


「この国には“選民思想”がはびこっているのです」

「!」

「貴族・皇族は尊く、それ未満はみにくいという悪しき思想です」

「そ、そうなんだ」


 そういうの本当にあるんだなあ。

 前世は日本とかいう平和な国だったからか、あまりピンとこない。

 でもティアの表情は、この国はかなり悪い状態であると物語っていた。


「その原因は、古くから続く皇族の悪政にあります」

「重い税とかのことだよね」

「はい、こんなのは間違っています……!」


 ティアが山奥でも話してくれた、この国の状態についてだ。

 貴族以上の人達は裕福なあまり、選民思想が根付いたんだろう。

 すると、途中でハッとしたティアは、首を左右に振った。


「すみません、取り乱してしまいました」

「ううん、ティアは優しいんだね」

「そんなことはありません。わたしには何の力もありませんから」


 それから、ティアは切り替えたように馬車から外を覗く。


「あ、到着しましたよ」

「おお!」


 馬車が止まったのは、大きな屋敷の前。

 ここがティアの屋敷らしい。


「今の話の流れですみません。屋敷は先代から受け継いだものでして……」

「ううん、気にしなくていいよ」


 さっきの言葉の割に、大きな屋敷に住むのが矛盾すると言いたいんだろう。

 でも、ティアの気持ちは十分伝わった。


「ティアが良い人だというのは分かったから」

「ふふっ、ありがとうございます」

「……!」


 ティアが口元に手を当ててほほえむ。

 そのうるわしい表情と、風に乗ってきた良い匂いにドキっとしてしまう。


「どうされました?」

「い、いえ! なんでも!」


 こんなことじゃいけないよな。

 僕はティアの騎士なんだ、もっとしっかりしないと。 


 ──なんて思っていると、屋敷の方から誰かが駆けてくる。


「姫様ー!」


 上下に銀色の装甲を付けた女性だ。

 でも、その動きはかなり軽快。

 紫色の髪をサラサラと左右に揺らしながら、こちらに走ってくる。

 

 ティアも彼女を迎えるように両手を広げた。


「エイル!」

「姫様! ご無事でしたか!」


 女性はエイルと言うらしい。

 抱き合う姿から、かなり親密な仲なんだろう。


「申し訳ございません、私がお供できず!」

「もー、その話は終わったでしょ。上からの許可が出ないなら仕方ないじゃない。これ以降、その件で禁止ですっ」

「か、かしこまりました」


 エイルには、“魔境山脈”に付いていけなかった理由があるようだ。


「でしたら、何か収穫はございましたか」

「ええ。この状況をひっくり返せる“とっておき”が」

「本当ですか!」


 そうして、ティアはこちらに視線を移した。


「こちらのアル様です」

「へ?」

「なっ!」


 ティアに続き、エイルさんがこちらに首を向ける。

 けど、そのギロリとした目は怒っているみたい。


「なんだ貴様は! 姫様から離れろ!」

「え、あの……!」

「黙れ! この方をどなたと心得る!」

「うわわっ!」


 エイルさんは腰に差した剣に手をかける。

 それにはティアが割って入った。


「エイル、武器を下げなさい!」

「で、ですが!」

「この方はわたしの恩人です! “魔境山脈”で暮らしていた少年なのです!」

「バ、バカな……!」


 エイルさんは眼球が飛び出るほどに目を開く。

 やっぱりあの山は、そんなすごい場所なのか。

 未だに強さの基準がイマイチ分からない。


 だけど、ティアが心配だからか、エイルの怒りは収まらない。


「姫様。お言葉ですが、私にはまだ疑心がございます」

「だから~!」

「姫様がそこまでおっしゃるなら、私を納得させていただきたい」

「エイル、あなたまさか!」


 すると、エイルさんは再びこちらを向く。


「そこのお前。姫様に近づくのなら、相応の覚悟を見せてもらおう」

「え?」

「私と手合わせ願いたい」

「ええ!?」


 こうして、いきなり手合わせが決まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る