第16話 二大勢力

 「本当に申し訳なかった……!」


 スラムの者達の前で、ヴィンゼルは頭を下げた。

 都の隠れた現状を知り、無知の自分を恥じたのだ。


「私は何も知らなかった! こんな場所があるなど想像もしなかった!」

「「「……」」」


 早すぎる改心ではある。

 だが、ヴィンゼルは究極に純粋・・・・・なのだ。


 何も疑わず差別をしていたように、目の前のことを素直に受け止められる。


「お前達のような者がいるとも知らず!」

「ヴィンゼル様、どうかお顔をお上げ下さい」


 すると、ティアが声をかけた。

 言う通りに顔を上げると、そこには温かい表情をしたスラムの者達がいた。


「ティア様の他にまだこんな方がおられたとは」

「ヴィンゼル様を知れただけで十分でございます」

「優しい皇子様もおられるのですね」


「……っ!」


 ヴィンゼルは感激を受ける。

 皇族の冷たい雰囲気では聞けない温かい言葉だったからだ。

 

(何がこうさせるのだ……)


 スラムの者達は、貧しいながら助け合っている。

 金だけの関係で固められた貴族社会では、こうはならないだろう。

 すると、ティアは心の内を話した。


「わたしもただ平等をうたっているわけではありません」

「……?」

「この方たちが活躍する社会が来れば、アステリアはもっと良い国になると思いませんか」


 貴族・皇族は良い思いをしているが、実情は崩壊寸前である。

 誰が誰を裏切るか分からない世界では、協調性など育つものじゃない。

 それも危惧きぐして、ティアは今の活動をしているのだ。


「ティア……君には恐れ入った」

「え?」


 ヴィンゼルには衝撃的だった。

 まだ可愛いと思っていた義妹が、いつの間にか自分より世を知っていたのだから。

 同時に、ティアの理想を見たいと心から感じた。


「私は皇位継承権を放棄する」

「ヴィンゼル様!?」

「そして、君の下に付くことを約束しよう」

「……!」


 ヴィンゼルの元には、レグナスに次ぐ勢力がある。

 これはティアにとって大きな追い風だ。

 しかし、決して勝ちが確定したわけではない。


「けど、レグナスは絶対に放棄しないだろう」

「分かっています」


 最大勢力にして、最有力候補──第一皇子レグナスが残っているからだ。

 だが、ヴィンゼルは言葉にする。


「レグナスについては知っていることがある。きっと君の力になれるだろう」

「あ、ありがとうございます!」


 やはり心強い味方だ。

 すると、一礼の後にヴィンゼルからお願いした。

 

「では、私にもティアの活動をもっと教えてくれないか」

「はい、喜んで!」


 それにはアルとエイルも笑顔で顔を見合わせる。


「良かったですね」

「ああ、ヴィンゼル皇子も決して悪いお方ではない」


 こうして、ティア陣営は第二皇子ヴィンゼルを味方につけることに成功した。

 良くも悪くも、ヴィンゼルは純粋だったのだ。


 そして、ティアは再び誓う。


「この国を変えてみせます……!」 





 夕方、ティア邸にて。


「では、私の知っていることを話そう」


 夕食を済ませた後、ヴィンゼルが口を開く。


「知っての通り、レグナスは一大勢力だ」

「はい」

「さらに厄介なのが、勢力のほとんどが“高位貴族”ということだろう」


 レグナスは差別主義者であり、態度も悪い。

 それでも付いてくる者が多いのは、彼の公約にある。


「レグナスは、今より一段と貴族を優遇すると約束しているんだ」


 レグナスによる、さらなる貴族優遇。

 これが貴族の多くがレグナスを支持する理由だ。


「もしレグナスにたてけば、その大勢力が襲ってくる」

「……はい」

「でも、私はそこに勝機があると思っている」

「……!」


 ヴィンゼルは、アル・エイル・シャロルに目を向ける。

 今は彼らの力を認めている様に。


「貴族を説得して回るよりは、真っ向から勝負した方が勝ち目があると思わないか?」

「そ、それは……」


 ティアも考えてはいたことだろう。

 アル達も準備万端だという顔を見せるが、ティアは返事を渋る。


「わたしは平等であると同時に、平和な国を目指しています。ですので、力で解決すると言うのは……」

「ふむ、そうか」


 その主張はヴィンゼルも納得できる。

 ならばと、さらに情報を持ち出した。


「では、レグナスに“邪霊じゃれい”が付いているかもしれないと言ったら?」

「邪霊……?」


 それには、アルからシルフが飛び出してくる。


『詳しく聞かせてもらっていいかな』

「シルフ!?」


 奔放ほんぽうなシルフも真剣な眼差しだ。

 それほど重要な話なのだろう。


「これが本物の四大精霊か。さすがに恐れ入るな」

『それより続きを聞かせてよ』

「……では」


 ヴィンゼルはこくりとうなずくと、話を続けた。


「レグナスは以前から奇妙な力を持っているんだ」

『ほう』

「一般的な火・水・風・土のような魔法ではなく、独特な魔法をね」

『……ふーん』


 シルフは考える素振りを見せると、アルがたずねた。


「そろそろ教えてよ。邪霊ってなんなの?」

『一言で言えば、ぼくたちの“敵”だね』


 ──邪霊。

 別名“闇堕ちした精霊”とも言える。


 四大精霊とは対をなす存在で、負の遺産から生まれる存在だ。

 精霊が邪悪なものに侵され、悪い成長をした状態だという。


『魔法は精霊を使役して使われるでしょ。だったら邪霊がついていると──』

邪霊特有の魔法が使える・・・・・・・・・・?」

『そういうこと』


 シルフは真面目な顔で語る。


『邪霊は人にあだなすきょう的な存在だ」

「……!」

『もし本当にあちらさんに付いているなら、十分な正当防衛だよ。邪霊の力は、冗談抜きで社会を破壊しかねない』


 四大精霊の直々の言葉だ。 

 これには、ティアも意見を変えざるを得ない。


「覚悟を決めるしかないみたいですね」


 その目は“戦う”意思を示していた。





 その頃、レグナス邸。


「おい、あっちについてんのは四大精霊みたいだが」


 レグナスはつぶやく。

 すると浮かんでくるのは、ドス黒い色の精霊だ。


『みたいだね』

「で、負けねえんだろうな?」

『それはもちろん』


 四大精霊の名を聞いても、黒い精霊はニヤリとする。


『四大精霊ってのは代替わりするんだよ。君たち人間は知らないだろうけど』

「ほう。で?」

『俺は前代の四大精霊が合わさって一つになった存在。そこから邪霊化したわけさ』

「はっ、どおりで自信満々なわけだ」


 レグナス陣営も決してあなどれない。

 そうして、レグナスは重い腰を上げた。


「んじゃ、最後の権利者を潰すとしますか」


 ティアとレグナス、二大勢力となった陣営がついにぶつかる──。

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