第15話 第二皇子ヴィンゼル

 「ティア様! お客人がお目見えです!」


 朝食後、シャロルがリビングの扉を開ける。

 珍しく取り乱した様子に、ティアも首を傾げながら答える。


「どうしたのですか。あなたほどの方が珍しい」

「第二皇子です」

「え?」


 すると、シャロルが衝撃的なことを口にする。


「第二皇子ヴィンゼル様がご来訪されました!」

「「「えええーーーっ!」」」


 その報告には、さすがに声を上げるティア達であった。





「久しぶりだね、ティア」


 あれからすぐ、ティア達は第二皇子ヴィンゼルを客間に招いた。


 成人の式典から、数日。

 何かと慌ただしくしている中で、第二皇子の来訪だ。

 事前許可がなかったとはいえ無下むげにもできず、ティアは少し焦りながら対応する。


「ヴィンゼル様、本日はどのようなご用件で?」

「まず先日は成人の式典おめでとう。その祝いさ。他意はない」

「は、はあ……」


 金色の整った短髪に、爽やかな笑顔。

 まさに正統派なイケメン皇子だ。

 態度も紳士らしく、まるで偉そうではない。


 ヴィンゼルのたたずまいは、理想的な皇族と言えるだろう。


「ところで、近衛騎士殿は見受けない方だったようだけど、今はどこに?」

「はい、ここに」

「おーその顔だ」


 会話の流れから、アルが姿を見せる。

 すると、立ち上がったヴィンゼルはアルをじろじろと眺め始めた。


「ふむ、ふむふむ」

「あ、あの……?」


 さすがにむずがゆかったのだろう。

 アルが伺うように聞くと、ヴィンゼルは何気ない顔で口にする。


「よしティア、近衛騎士を変えよう」

「え?」

「なっ! ヴィンゼル様!?」


 だが、その失礼な発言にはティアも思わず立ち上がる。


「どういう意味でしょうか。返答によってはわたしも対応を考えますが」

「ごめんごめん、怒らせるつもりは全くないんだ」

「……?」


 対して、ヴィンゼルは爽やかな笑顔で答えた。 


「だって、位を持たない者に務まるわけがないだろう?」

「……っ!」

「ごく当たり前のことじゃないか」

「ヴィンゼル様、あなたは……」


 ティアが違和感覚える中、ヴィンゼルは言葉を続ける。


「それに平等な国ってなんだい?」

「……」

「平民は税を納め、貴族は税をもらう。これは当たり前じゃないのか? 今の時点で十分に平等だろう?」

「やはりそうですか……」


 それには、ティアも口をつぐんでしまう。

 違和感は確信に変わったのだ。


 ヴィンゼルの言葉は、差別的である。

 だが、彼には全く悪気がない・・・・・・・

 ただ“無意識に”平民を見下してしまっているだけなのだ。


(ヴィンゼル様は昔から真面目であられた……)


 素直なヴィンゼルは、幼い頃から帝皇学を教わり、純粋に受け止めて来た。

 その教育のせいで、自然と選民思想が植えつけらえてしまったのだ。

 そこに差別意識はない・・


 当たり前のように、ただ呼吸をするように、平民を見下してしまっている。

 言うならば、皇族が生んでしまった“化け物”だ。


「どうしたんだい? そんなに険しい顔をして」

「い、いえ……」


 第一皇子レグナスは、自らの欲望のまま悪の道に進んでいる。

 差別をしている自覚もあるため、まだ言い様はある。

 だがヴィンゼルには、ティアでさえ声のかけ方を迷ってしまう。


 すると、アルが口を開いた。


「ヴィンゼル様、一つ提案をしてもよろしいでしょうか」

「え? ダメに決まってるだろう?」

「……っ」


 だが、平民の提案など聞くはずもなく。

 それにはティアが口を挟んだ。


「わたしからもお願いします。彼は近衛騎士ですから」

「ああ、そういうことなら。なんだい騎士くん」

「よければ、本日はティアの活動にお付き合いしていただけないでしょうか。いくつか予定がございます」

「あー」

 

 対して、ヴィンゼルは考える素振りを見せる。


「いいよ。ティアがどんなことをしているか知りたいからね」

「……! ありがとうございます!」


 そうして、ティア達はヴィンゼルを連れて普段の活動へ。

 向かった先は──スラムであった。





「えと、騎士くん? この先はスラムだと思うのだが」


 スラムの門前に着き、早速ヴィンゼルが首を傾げる。

 彼には行き慣れない場所なのだろう。


「はい。ティアは毎日ここを訪れています」

「どうしてだい? ここには何も……」

「見て頂ければ分かるかと」


 案内と同時に、スラムの門が開く。

 エイルがヴィンゼルの分まで許可を取ってきたようだ。

 すると、いつもの光景が広がった。


「……行きましょう、アル様、ヴィンゼル様」


 ぎゅっと悔しさを拳に表しながら、ティアが進んでいく。

 ヴィンゼルも鼻を抑えながら付いて来た。

 だが、スラムの者達を前に、すぐに疑問を口にする。


「ここの者たちは何をしているんだ? パンがなければケーキを食べれば良いではないか」

「……! ヴィンゼル様……」


 その言葉には、アルが答える。


「ないのです。ここにはパンはおろか、食べる物が」

「何を言っている? 待っていれば出てくるではないか」

「……その食料は誰が用意しているのですか」

「平民がたがやしているであろう。彼らもそこから得ればよいだろう」


 すると、アルはハッキリ口にした。


「得られないのです」

「なに?」

「平民は重い税をかけられ、自分たちの食べる分がないのです」

「そんなバカな事があるわけ……」


 対して、ヴィンゼルはスラムの様子を見渡す。

 最初は懐疑の目で見ていたものを、徐々に顔をしかめるように。

 その内、青ざめた表情で再びアルに目を向ける。


「……本当なのか?」

「残念ながら。そうやって食いっぱぐれた者達がここに集まるのです」

「……っ」


 まるで未知に出会ったような表情だ。

 それから、遠くで食料を配るティアに視線を移した。


「だからティアは、あんなことを?」

「そうです。今は分け与えるだけですが、ここにいる者も平等になれる国を作るのがティアの理想なのです」

「……!」


 ヴィンゼルはよろよろと体をフラつかせる。

 すると、何を思ったかスラムの者達へ走り寄った。


「お前達!」

「「「……っ!」」」


 突然のヴィンゼルに警戒するが、すぐにそれを解いた。

 ヴィンゼルが頭を下げたからだ。


「本当に申し訳なかった……!」

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