二
うちから最寄り駅まで向かう途中にちょっと急な下り坂があるの。それを下ってすぐのところに、大きな交差点があって。そばには細い榎の木が生えてる。ある日私が通りかかったとき、そこに変な物があったの。最初はベージュのハンカチかなにかが、枝に結んであるんだと思ってたんだけど、ちがった。よく見るとそれは藁だった。藁の束。捻って一本の縄みたいにした物がくくってあったんだ。
私はそのとき、なぜかその藁の束がすごく気になった。なんでこんなところに? みたいに疑問に感じるんじゃなくて、目が離せない感じ。いま考えると引き寄せられたのかな、って思う。「藁にもすがる」って言うけど、そのときの私はそれくらい、なやんでいたんだと思うよ。
それでどうしたのかっていうと、私、束をほどいて持ち帰ったの。なんでそんなことしたのか自分でもわからないけど。縁起悪いとかは全然思わなかったな。特に考えなんてなかったんだ。それで家の机の上でその束を分解したら、なにが出てきたと思う?
……紙切れと髪の毛。長くて艶のある、たぶん女の人の。でも別に気味悪いとかは考えなかった。それよりもこれがなんなのか知りたいって気持ちのほうが強くて。それから、『幸せのおまじない』って書かれた札。字からしてたぶん女の子だった。その日はネットで色々なサイトを見て回って、自分なりに仮説をたてたの。「ああ、これ神社なんかでよく見かける、おみくじ結んであるのと同じなのかも」って。
それから私が同じものを作って、同じ場所に結びつけるのに、そう時間はかからなかった。うちの周りは田んぼが多くて、藁なんていくらでも手に入るから。
それからしばらくは、そんなことすっかり忘れてた。受験勉強や、模試や、進路相談が始まったから。たぶん、それと同じくらいの時期に、うちのクラスもだんだん受験モードになってきてて。そりゃ、イベントなんかがあるときはみんな仲良くやってたんだけど、ちょっとずつみんな授業中なんかで、遠慮したりするようになってきたんだ。
でも決定的だったのは、英語の田所先生が私たちの受け持ちじゃなくなったこと。学校がかわるとかじゃなくて、私たちの授業に変わりの教師がついたの。そりゃ、クラスの中で疑惑が浮かんだよ。「もしかして、やりすぎだったんじゃないか」って。男子たちは特にね。自分たちは先生をイジって授業を面白くしていたんだ、退屈させないつもりでやっていたんだ、ってね。
結局、先生に直接訊きにいくわけにもいかなくて、私たちは落ち着いて授業を受けることになった。
私の全国模試の順位が上がっていったのもこの頃。定期テストも苦手だった日本史とか世界史とかの点数が高くなりはじめたの。それで「ああ、私ってやればできるのかも」なんて考えて、それが自信になってテスト中も落ち着いていることができた。
カナともよく「これでよかったよね」って話をしたよ。私たちはにぎやかな授業も好きだったけど、でも自分たちは高校三年生なんだからもっと現実をみようって。同じ都会の大学に行く約束もした。カナも私と同じで普通なのが嫌なんだ、って嬉しくなったよ。
でも本当はどこからが私の意志で、どこからが運か、なんかわかるわけなかった。たぶん、私の意志なんてほとんど関係なかったのかもしれない。それが、あの『幸せのおまじない』の力だったの。
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