エキストラ③
最近、子供の夢を見ることが増えた。夢の中で子供は笑って遊んでいるが、私はなぜかその場に立ち尽くすだけで、声をかけることもできない。ただその姿を見ているだけで、夢から覚めるたびに胸が締め付けられるような感覚に襲われる。現実の私は離婚し、子供の養育費に追われていた。
最初のエキストラの仕事は、自宅近くの公園にただ立つことだった。特に指示もないその奇妙な仕事を疑いながらも、指定された時間に公園へ向かった。すると、他にも数人の人たちが、私と同じように無表情で立っていた。彼らの顔には生気がなく、虚ろな目で何かを見ているように見えた。何を見ているのかはわからなかったが、私もその一員として、指定された場所に黙って立つことにした。
他の「仕事仲間」らしき人物と目が合った。その瞬間、彼の目には怯えたような光が宿っていた。まるで、自分が何をしているのか理解できず、恐れているかのようだった。その目を見た瞬間、私は確信した。これは普通の仕事ではない。私たちは「何か」の一部として使われているのだ。しかし、それが何なのか、私には知る術がなかった。何か起きるのをどこかで期待していたのかもしれない。だが何も起きないまま数時間が経過するのをただ待った。公園のベンチに座る老人や散歩する犬を連れた人々の視線が気になったが、誰も私たちに話しかけることはなかった。いや、そこにいた人々ももしかしたら「やつら」なのかもしれない。しかし、何も特別なことが起こらず、ただ立ち続けるだけで、あっという間に時間が過ぎていった。
「今日の仕事はこれで終了です。」
携帯の通知が鳴り、そこにはそう書かれていた。帰宅すると、その日のうちに驚くほどの高額な報酬が振り込まれていた。額を見たとき、私は思わず目を疑った。あまりにも多すぎる。何もしていないのに、これほどの金額を受け取るなんて。「こんな簡単なことでお金がもらえるなんて」と疑いながらも、私は次の仕事にも応じることにした。
次の仕事も同様だった。今度は人通りの少ない路地裏で、ただ立っていろという指示が送られてきた。特に何かを見張るわけでもなく、誰かが監視しているわけでもない。ただ、その場所に立ち続けるだけ。それでも私は、黙々とその「仕事」をこなし続けた。
「こんなことで、本当にいいのか?」
私の中で、次第に疑念が膨らんできた。何もせず立ち続けるだけの仕事で高額な報酬がもらえるなんて、あまりにも不自然だ。しかし、それ以上考えるのを止めた。正直に言えば、お金が必要だったし、この仕事は本業のライターの仕事に比べて圧倒的に楽だった。
ただ、仕事を続けるうちに、私は次第に奇妙な感覚にとらわれるようになった。他の「仕事仲間」たちも、同じように無表情で立っているだけで、誰とも話すことはなかった。彼らの表情はまるで魂が抜け落ちたかのようで、どこか不気味だった。私はエキストラの組織について何か情報を得ようと、何度か「仕事仲間」たちに声をかけてみた。しかし、彼らは私の問いかけに対して、まるで異物を見るかのように怯えた表情を浮かべ、その場からそそくさと逃げていった。結局、誰からも何も聞き出すことはできなかった。
ある日の帰り道、携帯が震えた。画面には「追跡開始」とだけ表示されている。突然の指示に戸惑いながらも、私は指示に従い、街を歩き始めた。追跡対象は普通のサラリーマン風の男性で、特に怪しい様子はない。しかし、私は一定の距離を保ちながら、その男性を黙々と追い続けた。
「これで私は本当に良いのだろうか……?」
何度も自分に問いかけながらも、携帯からの指示が私を引き戻した。「次の角で右に曲がれ」「距離を詰めろ」など、具体的な指示が次々と送られてきた。そして、追跡が終わると、またもや高額な報酬が振り込まれていた。
「次の仕事は『友人のふり』をしてほしい」
その依頼は、さらに奇妙だった。指定されたカフェに向かうと、既に女性が座っていた。彼女もまた、無表情で虚ろな目をしていた。私たちは対面に座り、時折うなずくように指示されていた。私は何とか情報を得ようと女性に話しかけてみたが、彼女は私の会話内容を無視して、適当な相槌をでっち上げる。最初は彼女の様子に狼狽えたが、次第にそれを受け入れるようになり、まるでそれが自然なことのように思えるようになった。きっと遠くから見れば、まるで友人同士が会話を交わしているかのように見えるが、実際には何も意味をなさない話だった。ただ時間が過ぎるのを待つだけだ。
その無為な時間の中で、私は不安が膨らんでいく。「私は何をしているんだ?」そんな問いが頭をよぎるが、それを振り払うように、私はただ指示に従った。そのうち真実が明らかになると思ったのだ。しかし、そんな当初の目的も入金される金額を前に徐々に薄れていく。
次の仕事は「恋人のふり」をするというものだった。指定された公園で、スーツ姿の女性と手をつなぎ、自然に会話を交わすふりをする。そして携帯からの指示がさらに不気味なものに変わり始めた。「彼が振り向いたら、すぐに逃げろ」「その場を離れるな、誰が来ても動くな」など、曖昧で恐怖を煽る指示が増えていった。その度に、私は背筋に冷たいものを感じ、まるで誰かに見られているような感覚に襲われた。
「もう辞めよう」と何度も思ったが、次の仕事の依頼が届くたびに、私はそれを断ることができなかった。生活がこの奇妙な仕事に取り込まれているように感じた。
次第に、私は自分が変わっていくのを感じた。感情が薄れていく。喜びも、悲しみも、恐怖さえも失われていく。ただ指示に従い続ける存在へと変わっていくのを感じた。日常生活の中でも、私は感情を失い、ただ仕事をこなすだけの機械のようになっていった。
追跡中、背後から冷たい視線を感じることが増えた。振り返っても誰もいない。しかし、その視線は確かにそこにあり、私を監視し続けているかのようだった。
そして私はいつしか無表情で歩き、何も感じずに、ただそこに立ち続けるようになっていた。それが「仕事」だから。この奇妙な仕事は、もはや私の人生そのものとなっていた。そして私は、その奇妙な渦の中に、深く飲み込まれていくのを感じた。
こんな話を見つけた 曰く @_iwaku_
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