エキストラ②
私は疲れ果てマクドナルドに足を運んだ。カウンターでコーヒーとハンバーガーを注文し窓の外に広がる人混みをぼんやりと眺めていると隣のテーブルに女子高生二人組がやって来た。
「ねえ、あのエキストラのバイト、どうだった?」
その一言に、私は思わず耳をそばだてた。彼女たちは制服姿で、スカートは短く、髪の毛をカラフルなピンで留めていた。見たところ、普通の高校生たちのようだったが、その「エキストラ」という単語が私の心に引っかかった。
「まあまあだったかな。ただ歩くだけだったし、楽っちゃ楽だけど、なんか、不気味だよね」
「そうそう。みんな無表情でさ、何考えてるのか全然わかんない感じ」
女子高生たちはハンバーガーを頬張りながら笑って話していたが、私の心は不安と興味が混ざり合った妙な感覚に包まれた。まるで私が最近遭遇しているあのエキストラたちのことのようだった。
「あの、ちょっといいですか?」私は思い切って声をかけた。女子高生たちは驚いたようにこちらを見た。見知らぬ中年の男が突然話しかけたことに警戒しているのが分かったが、私はできるだけ柔らかい笑みを浮かべて続けた。「ごめんなさい、エキストラのバイトの話をしてましたよね? 実は私、記事の取材でエキストラの仕事について書こうと思っていて、その代金払うから、少しだけお話を聞かせてもらえないかな?」
女子高生たちは顔を見合わせた後、一人が「別にいいですけど」と答えた。
「ありがとう。えっと、そのエキストラのバイトってさ、どこで見つけたんですか?」
「SNSで募集してたんです。短時間でお金もらえるし、結構人気あるんですよ。それに、ドッキリの仕掛けっていう話なんですけど、特にスタッフもいなくて、メールで指示が来て、それに従って動くだけなんです。例えば、人を追いかけたり、通行人の役をやったりするんです」
「そうなんだ。でも、その仕事で何か変わったこととか、気になることはなかった?特にスタッフがいないって、ちょっと不安じゃない?」
「うーん、まあドッキリだからかもしれないけど、なんか変な感じでした。他のエキストラも無表情で、まるで感情がないみたいで、ちょっと不気味だったかも。」
「そうなんですね。現場にスタッフがいないっていってたけど?」
「そうそう。メールの指示に従って人を追いかけたりするのも、どこか異様な感じがしたんだよね。場所もオフィス街や電車の中で、普通の撮影現場とは全然違ったし、誰がエキストラか分からない感じが不気味だったって友達の間でも噂になってるんだ」
私は彼女の言葉に頷きながら、その情報を頭の中で整理した。オフィス街や電車、無表情なエキストラたち、そして不気味な雰囲気。まさに自分の周りで起こっている状況と一致している。偶然とは思えなかった。
「そのSNSサイトって、アカウント名、覚えてる?」
「確か、あんまり気にしてなかったんですよね」
「そっか…。ちなみに、次のバイトの予定とかあるのかな?」
「うん、でも、なんか怖いし、やめとこうかなって話してたところ」
彼女たちの会話から、どうやらこのエキストラのバイトは定期的に行われているようだった。そしてその現場には、私が何度も目撃している「やつら」が存在する。これは何かの偶然ではなく、計画された何かがあるに違いない。
「ありがとう。本当に助かったよ」
その瞬間、女子高生の携帯電話が鳴り出した。彼女は焦って電話を切るので「別に良いのに…」と私が言うと、「でも、撮影中だから…」と少し困った様子で答えた。
私はそれを聞いて、寒気を感じた。そして、ふと周囲を見回すと、他の客たちが息をのんでこちらの様子をうかがっている気がした。
ゾッとした私は、「みんなエキストラなのか?」と思わず口をついて出た。女子高生は驚いた顔をし、一瞬言葉を失ったようだった。
「え? 何言ってるんですか?」
「とぼけるなよ。お前たちも仕込みなんだろ?どうせ他のエキストラと同じで、誰かの指示でここにいるんじゃないのか?」私の剣幕に彼女たちは明らかに困惑し、戸惑いながら顔を見合わせた。「あの…ちょっと、なんか怖いんですけど…」一人が小声で言い、もう一人も頷いていた。
「もう行こっか…」と、彼女たちは席を立ち、急いで店を出て行った。私は彼女たちの背中を見つめながら、ますます自分の疑念に取り憑かれていく自分を感じた。全てが仕組まれているように思え、誰も信用できなくなっていた。
私は即座に外に飛び出し彼女達を追いかけようとしたが、人ごみに巻き込まれ見失ってしまった。行き交う人々が皆、エキストラに見えるような気がして、背筋が凍る思いだった。
しばらく街を彷徨い、家についてシャワーを浴び少し冷静になることができた。
あのエキストラのバイトが鍵なのかもしれない。次に彼らがどこで現れるのかを突き止めることができれば、この奇妙な出来事の正体に近づけるかもしれない。私はインターネットで「エキストラ バイト」」などのキーワードで検索を始めた。しかし、有力な情報はなかなか見つからない。
そこで、思い切って女子高生たちが言っていた「募集のSNSアカウント」を探すことにした。スクロールを繰り返し、無数の投稿の中からようやくそれらしいアカウントを見つけた。「ドッキリエキストラ募集」と書かれたプロフィールには、いくつかの写真と簡単な説明文が添えられていた。
「明日、オフィス街にて撮影のドッキリエキストラ募集。短時間で高報酬。初心者歓迎。」
その投稿には場所の詳細が書かれておらず、参加を希望する者はDMで問い合わせる形式になっていた。私はためらったが、結局「参加希望」とだけメッセージを送り、返事を待つことにした。これ以上放っておくわけにはいかなかった。翌朝目覚めるとSNSの通知を確認する。そこには「詳細を教えます」という簡単な返信が来ていた。指定された集合場所はオフィス街の改札口だった。
私は深呼吸し、決意を固めた。次は自分自身がその現場に足を踏み入れ、何が起きているのかを確かめる番だ。恐怖はあったが、それ以上にこの謎を解き明かしたいという気持ちが強かった。
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